
コチ 1-10
花の話は静かに終わった。
「それから、そのチョウはここに来たのかい?」
花は静かに首を横に振る。
「きっと虹を探しているのよ。」
コチは、透き通るような花の声を聞き、苛立ちを覚えた。
(馬鹿やろう。虹なんてただの揺れる光だろ。)
コチは、花に聞こえないように誰かに囁いた。
「ねえ。あなたはチョウを知っているの?」
コチはもちろんチョウを知っていた。
コチのよく知っているチョウはただ一匹だ。
「俺の知っているチョウは、ロクでもない。チョウなんて奴は現実も見ずに大きな羽で夢見がちにただひょうひょうと飛んでいるだけさ。自分勝手で。マイペースで。おまけに大層口が悪い。ただ約束を破るような奴じゃないかな。」
「良かった。やっぱりチョウは約束を守ってくれるのね。」
「あんまり信じない方が良いよ。これは俺の知っている小さな世界の話だから。」
「うん。」
花は頷いた。
夜風が砂か何かをさらっと運ぶ音がする。
本当にここは静かだ。
「虹かぁ、それが君の願い?」
「うん。」
花は静かに返事をした。
「でも、星はこんな願いを聞いてくれるかしら?」
「まあ。そうすれば、今、必死に虹を探しているそのチョウもきっと助かるだろうね。」
空には、相手にされず、すねてしまったのか月はいなくなっていた。
次第に星が夜空に集まり、光をチカチカ。
何を話しているのか、やけに楽しげだ。
すると一筋の光が夜空を翔ける。
流れ星?
コチはすぐに花の顔を見る。
花も夜空を見つめていた。
時が止まったかのように空を見つめていた花の顔がみるみる輝く。
花は歓喜の声を上げた。
「わあ。」
満点の星空の間を次々と光の線が降り注ぐ。
「見て、見て。ほら、流星群だよ。」
花は急かすようにコチに言った。
一筋の光から、溢れかえるように、次々と夜空を翔ける星がコチの小さな世界に現れた。
「うわぁ」
コチも思わず声を漏らした。
夜空に溢れるような星たちは、次々と降り注ぐ流れ星によって夜空一面に次々に生まれ落ちているようでもある。
そうだったよね?
て、コチに聞いてみるといい。
コチは、きっと、あやふやに答えるだろう。
コチはきっと覚えていない。
コチはというと降り注ぐ流れ星に一瞬心を奪われながらも気がつくと花の喜ぶ横顔ばかりを見ていたからだ。
「いけない。忘れていたわ。早くお願い事をしないと。ほら、あなたも。早く、早く。」
花は、急いで願いを込めた。何度も繰り返すように。
コチも花の急かす声に後押しされて焦って考えた。
願い事、願い事。なんだったけ?
世界征服?
違う、違う。そんな事どうでもいい。
なんだ?なんだ?
焦るコチの瞳に必死にお願い事をする花の横顔映る。
コチは静かに流れ星に願いを込めた。
夜空は、落ち着きを取り戻した。
時折、集合時間を間違えたのか、一筋の光が夜空を翔けるだけとなった。
「本当に今日は素敵な夜だった。ね、人間の話を聞くのも時には良いものでしょ?」
「まさか。本当にあんなに星が降るとはね。世界は不思議だ。」
「ホラ吹きだなんて言って、人間に謝らなくちゃね?」
「謝るのはまだ早いよ。願い事は叶っていないもん。」
クククッ。
花の変わらない笑い声。
「願い事。叶うといいね?世界征服。」
「そんな願い事をいう奴はきっとホラ吹きさ。」
コチは咳払いをして花に聞いた。
「君は虹が見れたらいいね?」
「あっ、いけない。私、急いでいたから別の願い事をしてしまったわ。」
「えっ?嘘?!別の願い事って?」
「それは、内緒。」
「嘘でしょ。さっきはペラペラ虹の話をしてくれたのに?」
「何?ペラペラって。私の大事な話なのよ。」
「じゃ教えてよ。」
「ダメ。教えたら願い事が逃げちゃうでしょ」
「え、そんなルールがあるの?」
「知らないよ。」
「うわ、出た。ホラ吹きだ。」
クククッ。
「じゃ、あなたの願いも教えて?」
「だから、世界征服。」
「出た。ホラ吹きー。」
クククッ。
花はどうやら眠ってしまったようだ。
空はだんだんと闇が溶け、薄く白けた空が広がっていく。
もうすぐ太陽が空に現れ、色とりどりの世界を見張る時間になる。
コチは短く息を吐く。
コチは花が目を覚まさぬように、そっと花に声をかけた。
「そろそろ行くね。」
コチは、花から去っていった。
コチは太陽の視線に見つからないようにコソコソと寝床に向かった。
