どうぶつの森 ポケットキャンプ コンプリート-終
意気込んだものの、昨日に限ってキャンプ場にはコーヒー好きなどうぶつたちが集まってしまい、マスターのお店は夜まで大賑わい。結局うたたねはキャンピングカーに仕舞い込んだプレゼントを出すことなく、25日を迎えてしまった。
クラフトしたばかりのクリスマスカラーのパジャマとナイトキャップ姿のまま、うたたねはキャンピングカーから外に出た。ゆうべはみんな夜遅くまで騒いでいたのか、朝日が出てもキャンプ場は静まり返っている。
「きれい……」
夜の間に降り積もった雪が、ゆうべの騒ぎも足跡も、綺麗に覆い尽くしてしまった。一面純白のキャンプ場。まるでこの世界に、澄んだ青空と雪の二色しくしかないみたい。
一枚の絵のように、なにもかもが止まって見える中、ひとすじの湯気がうたたねの目に映った。引き寄せられるようにそちらへ向かうと……。
「マスター……」
挨拶も忘れてうたたねは彼を見つめた。ゆうべの忙しさのせいか、少し疲れた顔のマスターがいる。眼鏡の奥で目を細めているのは朝日がまぶしいせいなのか、うたたねに微笑んでいるのかはわからない。
なんだか、いつもより胸がドキドキする。うたたねは視線をマスターから、自分の足元へと落とした。
私のための、特別な一杯。マスターの言葉にますますうたたねの心臓が早鐘を打つ。
誰もいないキャンプ場。
静かで、真っ白な朝。
今なら、言えるかもしれない。
うたたねは自分を奮い立たせるため、熱々のコーヒーを口に運んだ。
火傷しそうになコーヒーは胃の中から全身に染み渡っていく。うたたねは顔を上げ、マスターを見つめた。渡したいものがあるんです。それと、伝えたいことも。そう言おうとしたとき。
「今日、ここを発ちます」
マスターの言葉に、うたたねはただ口をパクパクした。川で釣り上げたブラックバスのように。
「……え?」
「元々、クリスマスまでの予定でしたから」
いつもと変わらない、淡々とした口調のマスターに、うたたねはどうにか心を落ち着けようと、コーヒーを冷ますふりをして大きく息を吐いた。
「そ……そうだったんですね。あはは、そりゃそうか。サンタさんの格好ですものね、マスター」
何時頃?とうたたねが聞くと、皆さんが起きてくる前には、とマスター。それはつまり、もうすぐにでも発つということだ。なにもかもが突然で、エプロンをはずし、丁寧に折り畳んでいくマスターの手元を、うたたねはただ見つめることしかできない。いや、うたたねにとっては突然でも、マスターは恐らく最初からその予定だったのだろう。
「そっか、閉めちゃうんですね……残念だなぁ。私てっきりずっといてくれるものだと思ってました。みんなマスターのコーヒー大好きだし……」
鼻をすすりながら、あはは、とうたたねは小さく笑った。手の中の紙コップが、みるみる冷たく、頼りなくなっていく。
ひとりで浮かれちゃって、ばかみたい。
うたたねはうつむき、唇を噛んだ。泣かないようにすればするほど、涙が浮かんできてしまう。
まばたきと同時に大きな涙の粒がひとつ、雪の中に落ちた。うたたねが顔を上げると、マスターが心配そうな顔をしている。
「すみません、なんか、寒さのせいかな。目と鼻がじんじんしちゃって……ほら、私パジャマのままですし」
「あなたも――」
そう口を開いたマスターはすぐさま、いえ、なんでもありません、と言い、毎日かぶっていたサンタ帽を脱ぐと、それをうたたねの頭に乗せた。
「……クリスマスプレゼントです」
一瞬ぽかんとしたうたたねは、だけどすぐさまくすくすと笑った。ナイトキャップの上に重ねるように乗せられた、赤いとんがり帽子。
「サンタさんが帽子をくれるんですか?」
うたたねはナイトキャップをとると、改めてマスターからもらった帽子だけをかぶった。
「良いクリスマスを」
マスターはうたたねにそう言うと、お店の前に飾ってある小物を片付け始めた。うたたねも、キャンピングカーに向かって歩き始める。車に戻るまで我慢するはずだった涙が、あとからあとからあふれてくる。
「こんな顔、見せられない……」
振り返りたい気持ちをこらえて、うたたねは足早にキャンピングカーへと乗り込んだ。
『あなたも――一緒に帰りませんか、島へ』
言いかけて飲み込んだ言葉を、マスター決して振り返ることのないうたたねの背中に向かって呟いてみる。
毎日お店に来てくれていた彼女が、ある日突然姿を消した。彼女不在の島での暮らしは、マスターの心を空っぽにしてしまったのだ。豆を深く焙煎しすぎたり、粗挽きにするはずが細挽きにしてしまったり、お湯ではなくお水を注いでしまったり。
「最近お疲れなんじゃないですか?少しお店を休まれては……そうそう、気分転換にぴったりの場所がありますよ」
最近オープンしたキャンプ場なんです、としずえさんが差し出してくれたパンフレットに、マスターはまったく興味を示さなかった。
「実はここの管理を、うたたねさんにお願いしたんです。最初は不安そうでしたけど、今では大盛況で――」
その場ですぐにマスターはキャンプ場行きを決めたのだ。ただし休暇ではなく、クリスマスの期間限定の、純喫茶・ハトの巣の出張店として。
本当はもっと、なんならずっと、彼女のそばにいたかった。だけどいつまでも島の店を空けているわけにもいかない。大掃除もあるし、年始の福袋の準備も始めなければ。
「一緒に島に帰りましょう」
そう言えたらどんなに良かっただろう。だけど彼女は彼女で、ここでやるべきことがある。キャンプ場を満喫するみんなの顔を見れば、そして日々の彼女を見ていれば、どれだけこの場所を愛し、ここのために奔走しているかわかる。マスターにとっての純喫茶・ハトの巣と同じなのだろう。
もう一度、今度は彼女がいるであろうキャンピングカーを見つめる。
「うたたねさん」
あの車の中で、彼女は今、なにを考えているのだろう。
マスターは店を畳み、空港へつながる船を手配してもらうべく、ひとりこもれび広場へと向かう。先ほどまで青く澄んでいた空はいつのまにか鉛色になり、細かい雪が舞い始めていた。(終)
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