駒場祭2024レビュー「分け方を問い直す」
展示制作・記事執筆 山本笙太
きっかけ
偶数と奇数、人工と自然、ハレとケなど、私たちが生まれたときには既に、世界には様々な分け方がありました。人は分けることによってものを認識し、生活を営んできたわけです。
そんな「分ける」という行為の中でも、私は特に「境界付近で何が起こっているのか」に興味を持ちました。たとえば、「聞こえる人 / 聞こえない人」という分け方をした場合、「聞こえにくい人」は境界にある隙間に落っこちてしまいます。また、「文系 / 理系」という分け方は、文理を横断する興味を持つ人にとってはしっくりこないかもしれません。
生活を営むための行為が、生きづらさにつながりかねない…
しかし、既存の分け方は唯一絶対のものではないはずです。別の分け方を想像できれば、それだけでも少し見通しは良くなるでしょう。そこで、参加者の皆さんが既存の分け方を前にして「別の分け方はないだろうか?」と問うことができるような展示を作りたいと思いました。同時に、既存の分け方を無闇に否定するのではなく、その分け方の背景にある意図や理屈についても考えられると良いなあ、と思い製作を始めました。
体験の流れ
参加者自身が実際にものを分ける体験を通じて
a. 既存の分け方の背景を探る
b. 別の分け方を想像する
という2つが実現できるように、以下のような流れの体験をデザインしました。
① 題材を選ぶ
今回は、分ける対象として「S字フック」と「ペットボトルキャップ」の2つを用意しました。参加者ははじめに、この2つのうち分けてみたい方を選びます。
② 「前の人の分け方」を観察する
題材が決まったら、前の人の分け方が目の前に広がっている状態から、体験が始まります。
この「前の人の分け方」が生まれたとき既にあった分け方に対応するイメージです。参加者は、前の人の分け方の良いところや気になるところを付箋に書きます。
③ 別の分け方をしてみる
S字フックにしてもペットボトルキャップにしても、「前の人の分け方」が唯一絶対の分け方ではないはずです。そこで参加者は、なるべく他の人にも納得してもらえるような新しい分け方を考えます(ただし、2グループに分ける、という条件つきです)。その後、各グループに名前をつけます。この新しい分け方とグループ名が、次の参加者にとっての「既存の分け方」になるわけです。それぞれの分け方は写真に記録し、その変遷を「あんな分け方、こんな分け方」と題した模造紙でビジュアル化しました。
④ 「考えてみよう」に取り組む
私が参加者と一緒に考えたいと思った問いを「考えてみよう」という模造紙に集めました。参加者には、いくつか興味を持った問いに対する考えを付箋に書いてもらいます。問いは以下の5つです。
「あんな分け方、こんな分け方」を眺めて気づいたことを書いてみよう
分けられるものみんなにとってしっくりくるような分け方はあるだろうか?
ものを分けることのメリットはなんだろう?
ものを分けることのデメリットはなんだろう?
「分ける」について体験を通じて考えたこと・疑問に思ったことを自由に書いてみよう
実際に作ってもらった色々な分け方
「あんな分け方、こんな分け方」を見ると、分ける対象が同じでも分け方が多様であることでが一目でわかります。
※写真に貼ってある黄色い付箋は、体験の流れ②で「前の人の分け方」の良いところや気になるところを書いてもらったものです
「考えてみよう」にもたくさんの考えをシェアしていただきました。
詳しい内容は以下で見ていきます。
分け方を分類する
はじめに、参加者の皆さんに考えてもらった多様な分け方をあえて類型化してみました。分けることで、やはり見通しが良くなります。
S字フック
色で分ける
形で分ける
Sっぽさで分ける
直線的か曲線的かで分ける
対称性で分ける(反転しても同じ形か否か)
大きさで分ける
長さで分ける
太さで分ける
動きで分ける(パーツが動くか否か)
用途で分ける
単一の用途か複数の用途かで分ける
使う場所で分ける
材質で分ける
使われている材質の数で分ける(例. 1種類と2種類以上)
材質の種類で分ける(例. 金属とプラスチック)
ペットボトルキャップ
色で分ける
濃淡で分ける
基準となる色を決めて分ける(例. 白と白以外)
形で分ける(裏側の形に注目)
大きさ(背丈)で分ける
柄で分ける
書かれている文字で分ける(例. 漢字が入っているか否か)
模様で分ける
分類できない面白い分け方
しかし当然、上の分類では説明しきれない分け方もたくさんありました。ここでは、目の付け所が面白かった分け方をいくつか紹介したいと思います。
「考えてみよう」を分析する
「考えてみよう」に対する参加者の答えや、私が参加者と話していて印象的だったこともいくつか取り上げたいと思います。
納得できる分け方にするには明確な基準が必要
参加者自身に新しい分け方を作ってもらう際に、他の人にも納得してもらうためにはどうすれば良いかを考えてもらいましたが、そこで「誰が見てもわかるような明確な基準を設ける」という意見が出ました。そして明確な基準の例としては、色や形などの視覚情報や数値などの客観的指標が良いのではないか、という声が挙がりました。実際、色や形を基準にした分け方で、複数の参加者の間で結果的に同じ割り振り方になった例があり、これらは比較的多くの人にとってわかりやすい基準だと言えるのかもしれません。
色を基準にしてキャップの割り振り方が一致した例
形を基準にしてS字フックの割り振り方が一致した例
ここまで、分ける人の立場になって、他の人に納得してもらえるような分け方をするコツを考えてきました。そして、色や形、数値などを使えば良いのではないかと考えました。では次に、分けられる人やものの気持ちになってみましょう。そのようなわかりやすい分け方は、分けられるものにとっても望ましいものになっているでしょうか?
ここで重要なのは、「見た目ではわからない、あるいは数値化できないような要素がある」ということです。わかりやすさだけを追求した場合、そのような要素はなかったことにされてしまうかもしれません。分ける側にとって良い分け方と、分けられる側にとって良い分け方が一致するとは限らない…。そんなことを考えながら、ある参加者は「あいまいなものをあいまいなままに保持しておく能力(ネガティブ・ケイパビリティ)も重要ではないか」という気づきを共有してくれました。わかりやすさと柔軟さはトレードオフの関係にあるかもしれませんが、両者のバランスを気にしたり、今どちらが求められているかを状況ごとに考えたりする姿勢が重要なのだと思います。
さいごに
展示の目標は達成できたか
参加者自身が実際にものを分ける体験を通じて
a. 既存の分け方の背景を探る
b. 別の分け方を想像する
という2つを実現することが、この展示の目標でした。
新しい分け方を考える過程で、bは実現できたと思います。
aに関して、今回の体験では「2つのグループに分けること」と「他の人も納得する分け方にすること」を条件としましたが、分ける目的については特に言及しませんでした。そのため、自分の分け方に必ずしも意図や理屈を込めることができなかったかもしれません。aをより達成しやすくなるよう、分ける対象の選定や体験の流れのデザインをもう少し考えてみたいと思います。
しかしとにかく、意外な分け方に出会ったり、対話の中で新しい気づきを得たり、愉しい3日間でした。
体験してくださった皆さん、ありがとうございました!
参考になりそうな本
坂本賢三『「分ける」こと 「わかる」こと』
「分ける」とはどういうことか?先人たちの歩みを参考にしながらわかりやすく整理されています。
岡西政典『生物を分けると世界が分かる』
生物学は分類を行う代表的な学問ですが、全生物に適用できるような種の分類基準は未だにないようです。
伊藤由佳理『美しい数学入門』
数学の「同値」という概念は、うまい分類の仕方を教えてくれます。
ヨシタケシンスケ『みえるとかみえないとか』
「見える/ 見えない」という分け方を分け方を解きほぐしてくれるような絵本です。
隠岐さや香『文系と理系はなぜ分かれたのか』
「文系/ 理系」という分け方はいつ・どのようにして始まったのでしょうか?他の分け方はないのでしょうか?