【医師・PT/OT・治療家】運動器に関わる人、全員知っておくべき「運動恐怖症」まとめ
運動恐怖症(キネシオフォビア)とは
運動恐怖症、または医学用語でキネシオフォビアとは、「痛みを伴う怪我や再怪我に対する脆弱感から生じる、過剰で非合理的かつ衰弱性の身体運動や活動に対する恐怖感」と定義されます。この恐怖は、急性の痛みと動きを関連付ける適応学習を通じて発展します。例えば、腰痛を経験した患者が、腰を曲げる動作を痛みと結びつけ、その動作を避けるようになる過程がこれにあたります。問題は、この恐怖が回復後も持続し、実際には痛みを引き起こさない動きまでも避けるようになることです。この過剰な恐怖反応は、「恐怖回避モデル」として知られる理論的枠組みで説明されます。このモデルでは、痛みに対する破局的思考が恐怖を生み、それが回避行動につながり、最終的に機能障害や抑うつ、さらなる痛みへとつながるという悪循環を描いています。
運動恐怖症の影響
運動恐怖症は慢性筋骨格系疼痛の発展に重要な役割を果たします。具体的には以下のような影響があります:
身体活動量の低下や患部の不使用:
運動恐怖症により、患者は痛みを避けるために活動を制限します。これは筋力低下や関節可動域の制限につながり、結果的に身体機能の低下を招きます。リハビリテーションへの取り組みの妨げ:
恐怖心が強いと、リハビリテーションプログラムへの参加や家庭での運動実施が困難になります。これにより、回復が遅れる可能性があります。痛みの慢性化:
活動制限により、痛みに対する過敏性が高まり、痛みの慢性化につながる可能性があります。理学療法の期間延長と満足度低下:
恐怖心により治療への積極的な参加が妨げられ、結果として理学療法の期間が延長し、患者の満足度も低下する傾向があります。障害の増加と痛みの強度の上昇:
活動制限が長期化すると、身体機能の低下や社会参加の制限など、障害が増加します。また、痛みに対する過敏性の増大により、痛みの強度も上昇する傾向があります。
評価方法
運動恐怖症の評価には、以下のツールが使用されます:
Tampa Scale for Kinesiophobia (TSK):
最も広く使用されている評価尺度です。17項目の質問からなり、4段階評価で回答します。得点範囲は17〜68点で、37点以上を運動恐怖が強い状態と判断します。質問内容は、痛みや活動に対する恐怖、再怪我への不安などを評価します。Fear Avoidance Beliefs Questionnaire (FABQ):
仕事や身体活動に関連した恐怖回避信念を評価します。特に腰痛患者の評価に有用とされています。Pain Anxiety Symptoms Scale (PASS):
痛みに関連した不安症状を評価します。認知、逃避、恐怖、生理的反応の4つの下位尺度があります。Photograph series of daily activities (PHODA):
日常生活動作の写真を用いて、各動作に対する恐怖度を視覚的に評価します。より具体的な恐怖の対象を特定するのに役立ちます。
これらの評価ツールを適切に使用することで、患者の運動恐怖症の程度や特徴を把握し、個別化された治療計画の立案に役立てることができます。
治療アプローチ
運動恐怖症に対する主な治療アプローチには以下があります:
段階的な動きへの曝露療法:
患者が恐れている動作や活動を特定し、最も恐怖度の低いものから徐々に挑戦していきます。成功体験を積み重ねることで、恐怖心を軽減し、自信を回復させます。リハビリ前の鎮痛剤投与で25.6%の患者さんで満足度が上がったと報告。
Perrot S, Trouvin A-P, Rondeau V, Chartier I, Arnaud R, Milon J-Y, et al. Kinesiophobia and physical therapy-related pain in musculoskeletal pain: A national multicenter cohort study on patients and their general physicians. Joint Bone Spine. 2018 Jan;85(1):101–7.認知行動療法:
痛みや活動に対する非適応的な思考パターンを特定し、より適応的な思考に置き換える技法を学びます。これにより、恐怖心や回避行動の軽減を図ります。痛みの神経科学教育:
痛みのメカニズムや慢性痛の特徴について患者に教育を行います。痛みが必ずしも組織損傷を意味しないことを理解することで、過度の恐怖心を軽減します。動機づけ面接法:
患者の内発的動機づけを引き出し、行動変容を促進します。恐怖心を克服し、活動を増やすための自発的な意欲を高めます。イメージトレーニング:
恐れている動作をイメージ上で行うことで、実際の動作に対する恐怖心を軽減します。脳内でのリハーサルにより、実際の動作への準備を整えます。
これらのアプローチは、患者の恐怖心を徐々に軽減し、活動に対する信念を再調整することを目的としています。個々の患者の状況や特性に応じて、これらのアプローチを組み合わせて使用することが効果的です。
まとめ
運動恐怖症は慢性疼痛の発展に重要な役割を果たす心理的要因です。適切な評価と治療アプローチを組み合わせることで、患者の恐怖心を軽減し、活動レベルを向上させることが可能です。医療専門家は、患者の個別のニーズに合わせて、これらの評価ツールと治療アプローチを適切に選択し、適用することが重要です。また、運動恐怖症の管理は、包括的な慢性疼痛管理の一部として位置づけられるべきであり、身体的、心理的、社会的側面を考慮した多面的なアプローチが求められます。最新の研究では、運動恐怖症の早期発見と介入の重要性が強調されています。慢性疼痛の予防と効果的な管理のために、運動恐怖症に対する理解と適切な対応が不可欠です。