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「文脈を理解する」ということについて考えてみる

私達は日常の中で何かを形づくる際に、その物事の背景や意図、その物事に関連する要素などを理解し、それらをもとに意思決定し実行するということを、連続的かつ多発的な活動として行なっています。

それは様々なレベルでの活動で行なっており、例えば仕事でクライアントへ提案する際には、クライアントやその先のユーザーが求めているものを理解することはもちろん、時にはその業界の最新のトレンドはたまた歴史について理解する必要があることもあります。友人へのプレゼントを選ぶ際には、その友人がどんなものが好きなのか、最近の発言から今欲しいものを推測するなど、そのモノや人の状況について一定の理解をした上で、最適であろう形をつくったり意思決定をしていることがほとんどだと思います。

建築家であるクリストファー・アレグザンダーは、そのように私達がつくる形とはコンテキストから要求条件を提示されるものであり、その要求に適合した結果として定まるものである、ということで次のように言ってます(※1)。

どのデザインの問題も、求められている形と、その形の全体との脈絡、すなわちコンテクストという二つの存在を適合させようとする努力で始まるという考え方に基づいている。形は、問題に対する解決であり、コンテクストはその問題を明確にする。

クリストファー・アレグザンダー 「形の合成に関するノート」

一定の理解ができてない場合、クライアントへどんな提案をすればいいのかわからない(できたとしても望まれた内容となっていない)、友人に何のプレゼントをあげたらいいのかわからない(あげたとしても本当にほしいものを選べていない)、そのような状態になったことが一度はあるのではないでしょうか。

そのような状況に陥る前に、我々は背景や意図、要素の関連性などいわゆる「コンテキスト(文脈)」と呼ばれるものを理解するというアプローチを取ることがあると思います。アレグザンダーの引用から考えると、この「コンテキスト(文脈)」をいかに理解できるか、と言う点が最適な形をつくるための必要条件になってくると考えることができます。

本記事では、いわゆるそのコンテキスト(文脈)とは一体どのように理解すれば良いのか?という点について考えてみようと思います。

※本記事ではコンテキスト、コンテクスト、文脈というワードを同義として扱っています


文脈とは

アレグザンダーは、コンテキストとはこの世界で形に対する要求となるものは全てコンテキストであると話しています(※2)。例えば「ヤカン」というものを形にする場合には、その用途というコンテキストと生産工程という技術的なコンテキスト、少なくとも2側面のコンテキストに適合する必要があります。

加えて、現代の形づくりとはもっと複雑なもので、前述した2つのコンテキストに加えてビジネス(売上・利益)的なコンテキスト、社会(環境)的なコンテキストなど様々なものがあります。このように様々な側面があるコンテキストを完全に理解し一元的に表現することは不可能だとし、次のようなことを言っています(※3)。

一般的には、残念ながら我々は自分の扱っているコンテキストを十分に表現することができない。現実に我々が出会うコンテクストの場は、水平面や磁場で見られたような一元的な方法では表すことはできない。

クリストファー・アレグザンダー 「形の合成に関するノート」

つまり、我々が理解するにあたり、一元的な表現ができないという点が「コンテキストを理解する」ことの難しさなのではないかと考えます。

それでは我々はどのようにアプローチしコンテキストを理解していけばいいのでしょうか?

Information ArchitectのAndrew HinstonはコンテキストをAgent、Subject、Understanding、Relationships between the elements、The agent's environmentという要素で分解し、その定義を1つのモデルとして表現しています(※4)。

Context is an agent’s understanding of the relationships between the elements of the agent’s environment.
コンテキストとは、エージェントが、エージェントの環境の要素間の関係を理解することである。
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Agent / Subject
環境の中で行動することができる人または他のオブジェクト。
すべてのエージェントが人であるわけではなく、また、すべてのエージェントが同じように認識し、行動するわけでもない。
~
またある瞬間、何かが主役になったかと思えば、別の瞬間には背景や状況の一部に過ぎないのです(なのでAgent=Subjectである)。

Understanding
エージェントが周囲の環境を認知し、理解すること。
コンテキストについて考える、エージェントに縛られない方法もありますが、ここでの目的は、それが人でない場合でも、エージェントの主観的で一人称の経験に関係します。

Relationships between the elements
すべてのものは部分から構成されている。コンテキストとは、これらの部分が互いにどのように関連しているかのすべてである。

The agent's environment
コンテキストは常に環境全体についてである。なぜなら、環境はエージェントが理解しようとするあらゆるものの意味を伝えるものだからである。
「環境」とは、全知全能の神の目から見た環境全般を指しているのではないことに注意。なぜなら、文脈はエージェント自身の一人称の知覚の機能であるからです。知覚は、認知、経験、理解の基礎となるものである。

Andrew Hinston 「Understanding Context: Environment, Language, and Information Architecture」(DeepLによる翻訳)

ここでポイントとなるのは、Agentは主体でありながら何かの状況や背景でもあり、それ自体はAgentからの主観的な視点で決まるものである点だと考えます。

また、心理学者であるWilliam H. Ittelsonは、我々が環境を理解するにあたって多くの情報を処理しなければならない場合、どのように対処しているのかを次のように話しています(※5)。

Ittelson argued that the difference between the elementary perception of form, object, and depth, and environmental perception was not just one of scale. Environments are perceived through different sensory modalities.
~
Given their complexity, environments need to be perceived selectively, and the relevance of the obtained information needs to be assessed as well. Most important of all, environments are perceived in the light of activities, Environmental perception is, most of the time, directed and purposeful perception.

イッテルソンは形や物、奥行きといった初歩的な知覚と、環境の知覚の違いは、単にスケールの違いだけではないと主張した。環境は、異なる感覚のモダリティを通じて知覚される。
~
その複雑さゆえに、環境は選択的に知覚される必要があり、得られた情報の関連性も評価される必要がある。環境知覚は、ほとんどの場合、指示され、目的を持った知覚である。

Paul Arthur, Romedi Passini 「Wayfinding: People, Signs, and Architecture」(DeepLによる翻訳)

2つの引用から共通する部分は、我々が何かの文脈を理解しようとする場合には、特定の側面を主観的に選択するという前提があり、そこから見たAgent/Subjectへの理解、Agentを取り巻く環境の理解をする、という点かと思います。つまり、文脈に「当たり」のようなものをつけ、理解していく場合には、全ての要素とその関係性を認識することは不可能であるため、目的などによって指定された特定の側面から「当たり」をつけていくようなアプローチをしているということができると思います。


文脈を理解する上での「当たり」とは

そんな文脈を理解する上での「当たり」とは具体的に何を捉えていくと良いのでしょうか?

生態心理学の理論家であるジェームス・J・ギブソンは、環境を構成する構造を説明するために体系をつくりあげ、その中の主要な要素としてInvariance(不変性)という要素を定義しています(※6)。

Invariants are persistently stable properties of the environment; they persist as unchanging, in the midst of change.These are not permanent properties in the scientific sense of permanence.A hill might erode; a fallen tree might rot; the sun will eventually burn out, but they still involve invariants because they have properties that have been “strikingly constant throughout the whole evolution of animal life.”Invariance is, then, about the way the animal perceives the environment, not an objective measurement of permanent structure.
~
But, invariance is ultimately about individual perceiving agents and how structure persists in their environment.

不変量とは、環境の永続的に安定した性質のことで、変化の中にあっても不変のものとして存続する。科学的な意味での「永続性」ではありません。丘は侵食され、倒木は腐り、太陽はやがて燃え尽きるかもしれないが、それでも不変なのは、「動物の進化全体を通じて驚くほど不変である」という性質を持っているからである。つまり、不変性とは、動物が環境を認識する方法に関するものであり、恒久的な構造を客観的に測定するものではないのだ。
~
不変性とは結局のところ、知覚する個々の主体が、その環境の中でどのように構造を持続させるかということなのです。

Gibson, J . J . 「The Senses Considered as Perceptual Systems」(DeepLによる翻訳)

これは人々が環境を理解するにあたって重要かつ基本的な要素とし、環境を知覚することはこの不変性を知覚することから始まるとしています。

同じようなことをRichard Saul Wurmanは「You only understand something relative to what you already understand.(すでに理解しているものとの関係においてのみ、何かを理解することができる)」という言葉で表現しており(※7)、つまり文脈を理解するにあたっても、その中に存在するInvariance(不変性)が何なのかを捉えることができれば、理解をするための手助けになると考えることができると思います。

特定の文脈のInvariance(不変性)が何なのか?ということを明らかにしていくにあたっては、普段からよく知られているフレームワークなどがそれにあてはまるのではないかと考えました。

文脈を理解する上での不変性としてのフレームワーク

現在、世の中には数多のフレームワークが存在していますが、有名なフレームワークをいくつか例に挙げてみていこうと思います。

Human-Centered Design(人間中心設計)

例えばデザイナーが普段から利用しているHuman-Centered Design(人間中心設計、以下HCD)の基本的なプロセスの1つに「利用状況の把握と明示」というプロセスがあります。このプロセスでは製品やサービスの利用において、ユーザーや関係者だけでなく、彼らが実現しようとしている目標やその利用環境も包含した利用状況(context of use)を明らかにすることが大切だとされています(※8)。

ISO9241-11によるとこの利用状況とは「ユーザー、タスク、設備(ハードウェア、ソフトウェア、材料)、それに製品が利用される物理的・社会的環境」と定義されています(※9)。すなわちこれらは人間中心のシステムやサービスをつくるという側面において、利用状況を理解するにあたってのInvariance(不変性)だと捉えることができると思います。

マーケティングにおけるフレームワーク

3C分析
企業のマーケティングなどにおいて、顧客(Customer)、競合(Competitor)、自社(Company)の観点から市場環境を分析するツールのひとつである3C分析は、経営戦略という側面から環境を理解するためのフレームワークとして利用されています。

AIDMA
広告における最も有名なフレームワークの1つとして活用されているのがAIDMAです。AIDMAは消費者がある商品を知って購入に至るまでの段階的なプロセスを示しており、広告宣伝に対する消費者の心理プロセスという側面から理解を深めるためのフレームワークとして活用されます。

これらのようなフレームワークは、フレームワークの中で定義されている要素をもとに、Invariance(不変性)を捉えるにはわかりやすいものになっていると考えられます。

加えて、このInvariance(不変性)自体は入れ子構造になっているとHinstonは話しています(※11)。

All these invariant components of the environment are perceived in relation to one another, and the principle by which we perceive these relationships is the ecological principle of nesting.
Animals experience their environment as “nested,” with subordinate and superordinate structures.Nested invariants establish the persistent context within which motion and change happen, both fast and slow.As Gibson says somewhat poetically, “For terrestrial animals like us, the earth and the sky are a basic structure on which all lesser structures depend. 

これらの不変的な環境構成要素はすべて、互いに関連して知覚される。そして、これらの関係を知覚する原理は、生態学的な「入れ子の原理」である。動物は環境を下位と上位の「入れ子構造」として経験する。
ネストされた不変量は、速度と遅度の両方で運動と変化が起こる永続的な文脈を確立する。私たちのような陸生動物にとって、大地と空は基本構造であり、それ以下のすべての構造はそれに依存している。

Andrew Hinston 「Understanding Context: Environment, Language, and Information Architecture」(DeepLによる翻訳)

この入れ子構造とは遷移と重複に満ちたものですが、フレームワーク自体はその入れ子となっている状態から、目的に依存した形で特定の側面からInvariance(不変性)を捉えやすくすることができるものだと考えられます。

例えば前述したHCDのフレームワークでは、ユーザー、タスク、設備、環境という4つの要素の中にさらに細かな要素が存在しており、それらは通常の状況下だとキレイに分かれているものではなく、入れ子上に存在していると考えることができると思います(例えばユーザーについて理解する場合には、ユーザーが特定のタスクや設備についての経験の有無などに関しても知る必要がある)。

一方でこれまでに挙げたようなフレームワーク自体は、誰もが特定文脈の不変性を一定の質で掴むことができるためのもの、つまり誰もがそれらしい「当たり」をつけやすいものだと表現する方が適切かもしれません。フレームワークを活用することで一定のレベルでInvariance(不変性)を捉えることができると思いますが、実際にフレームワークを利用すること以外で理解が進むような経験をみなさんも一度はしたことがあるのではないでしょうか?もう少し言うなれば、フレームワークに囚われなかったからこそ、より理解が深まるといった経験をしたことがあると思います。その点についてもう少し考えてみようと思います。


主観的な理解と客観的な理解

フレームワーク以外で理解を深めることについて考えてるにあたって、人(および動物)が物理的空間において自分の位置を確認し、場所から場所へと移動するためのプロセスや活動であるWayfindingという概念における「空間定位」をアナロジーとして考えることができそうです。

空間定位とは自分が今どこにいてどの方向へ向かっているかを認識することですが、基本的には「ルート知識」「サーベイ知識」という2つの観点から考えることができます(※12)。

ルート知識
ある場所から、別の場所への経路を構成する地点、ランドマーク、景色を順番に並べる能力にあたる。移動する人は、一連のランドマークや視点の記憶をもとに、ある場所から別の場所へ行くための正しい順序を認識する。
~
ルート知識は言葉による説明であり、例えば、友人に郵便局までの行き方を教えるときに口頭で伝えられるものである。
~
ルート知識は、移動者の視点とその周囲にある物体との関係、すなわち、自己中心的視点と呼ばれるものに頼っている。移動者は、あらゆるものを自分自身とその体軸との関係ー前、後、上下、左右ーという観点でとらえる。

サーベイ知識
移動する人は、固定された地図のような枠組みに空間を統合する。その枠組みの中では、すべての視点やランドマークが、ほかのあらゆる地点とのあいだで2次元の関係を持っている。
~
サーベイ知識はいわば鳥の目から見た工程の俯瞰地図であり、紙に描いて友人に伝えるたぐいの情報だ。
~
サーベイ知識の基礎になっているのは他者中心的視点と呼ばれるものだ。これは客観的で地図のような、人によって変わることのない視点で、物体とランドマークの空間的位置を表している。

M・R・オコナー 「WAYFINDING 道を見つける力: 人類はナビゲーションで進化した」

フレームワークはここでいうサーベイ知識(客観的な理解)のようなものだと捉えることができると思います。誰もが特定文脈の不変性を一定の質で掴むことができるためのもの、すなわち客観性がありその地図(=フレームワーク)さえ見れば誰でも理解ができるようなイメージをしています。

ルート知識(主観的な理解)は、Wayfindingで言うと地図やコンパス、道路、標識などナビゲーションの補助器具以外のナビゲーション戦略のことを指します。例えば氷雪地帯に住むイヌイットの場合、道路やランドマークとなるようなわかりやすい人工物が存在しないなかで、環境のあらゆる要素を観察し、観察した現象のあいだにある互いに引き起こし合う結びつきを残らず見極めるといいます(※13)。

北極の環境には、永続性を阻む刹那的な性質がある。氷は解け、雪は変化する風に飛ばされ、流れる川は冬が来ると凍土になる。土地のランドマークは滅多にないか、あったとしても識別が難しく、人を寄せ付けない。そのため環境を読み解けるかどうかは、社会文化的な次元、たとえば象徴しての重要性や、そこ歩いた人たちにより風景に与えられた意味に左右される。

M・R・オコナー 「WAYFINDING 道を見つける力: 人類はナビゲーションで進化した」

文脈の理解における主観的な理解をするということは、その人の解釈や視点、感性、経験のようなものから理解をするアプローチなのではないかと考えます。

ただ、この主観と客観どちらか一方ではなく、イヌイットもルート知識を使いつつ、サーベイ知識を蓄積し、導入することも難なくできるようです。それらを織り交ぜ、利用することで本当の意味で「文脈を理解する」ということができるのかもしれません。


おわりに

少し雑な文章になってしまいましたが、日々の生活や業務の中で最近興味を持っていたことについて自分の理解を深めるために言葉にしてみました。ただ、「文脈を理解する」ということを理解するにはもう少しインプットや思考の整理が必要かもしれません。また機会があれば続編を書いてみようと思います。

本記事はYUMEMI Design Advent Calendar 2022の23日目の記事でした。


参考・引用文献

(※1)(※2)(※3)
クリストファー・アレグザンダー 「形の合成に関するノート」

(※4)
Andrew Hinston 「Understanding Context: Environment, Language, and Information Architecture」

(※5)
Paul Arthur, Romedi Passini 「Wayfinding: People, Signs, and Architecture」

(※6)
Gibson, J . J 「The Senses Considered as Perceptual Systems」

(※7)
Richard Saul Wurman「Information Anxiety」

(※8)(※9)
黒須 正明「人間中心設計の基礎 (HCDライブラリー 第1巻)」

(※10)
ヒアリング・提案・戦略立案に使える:営業フレームワーク10選

(※11)
Andrew Hinston 「Understanding Context: Environment, Language, and Information Architecture」

(※12)(※13)
M・R・オコナー 「WAYFINDING 道を見つける力: 人類はナビゲーションで進化した」

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