家具のショールーム

私の知っている彼は、しょうもなくて取り止めもないとても愛くるしい存在だ。
ただ世間一般の大多数の人々は、彼を見た瞬間、怪訝な表情をする。
彼の頭蓋骨は、不思議な形で目の周りが出っ張っていて、出っ張りの中の奥ばった箇所に真ん丸の小さな瞳がある。
その日の私たちの任務は、高級家具の展示ブースに行って家具の配置を女たちの指示通り、寸分狂いのない形で整えることだった。
高級家具の一個一個の部品は、重く、二人掛かりでないと動かせない。
私は、その日の仕事に疲れていた。
隣で休んでいる彼は、言った。
ぱっぱやって早上がりになっちまえばいいのに。
休み時間がおわって、あの息苦しいショールームに戻ってまたあの女どもに指示をもらうのかと思うとうんざりだった。
なによりも彼とこうして横に座ってコーヒーを飲んでいる時間が大切に思えた。
休み時間が終わった。
黒い服と綺麗に整えられた髪型で威厳のある女王蜂がレイアウトを決めていくなか
スクールカーストでいうサイドキックとおもしきポーチを抱えた若めの女が具体的に私たちに指示していく。
ショールームに入った瞬間私は、思わず吹き出してしまう瞬間があった。
みんながこれから家具を動かしに移動する瞬間のどさくさに紛れて、彼が冗談で机をひっぺがす仕草をしていた。
私は、その瞬間からなぜだか、仕事に対する息苦しさがなくなった。
もちろん、家具は慎重に扱わなければならない。
この女王蜂を中心とした女どものいう通り、とことん寸分狂いなく配置してやろうとおもった。
それも彼女たちの期待を上回るレベルで。。。そうすれば勝利だ。私は、そう心に決めた。
重苦しいイギリス製のアール・デコ調のソファが斬新なデザインのラグの上に敷かれていた。
そのショールームの一角に先に着いたのは、サイドキック。その後を追うようにして女王蜂。
かと思いきや私が先に辿りついた。サイドキックは、家具の配置を巧妙な表情で見ている。
私は、女王蜂が何を言うかを考えた。
おそらく、ソファが斜めっている事を言われるだとうと思いながら女王蜂が口を開くのを待っていた。
するとサイドキックが言った「ラグが斜めってるから直してください」と。
すかさず丁寧に斜めのラグを私は直した。
まずは、重たいソファを動かさないといけない。
そうして私が彼とソファを動かしたあと、ラグをまっすぐにした。
しかし、微妙にまっすぐになっていない事に私は、気付いた。
私は、その事を放っておいた。
しばらく他の家具に気を取られている女王蜂がいた。
私は、そっちの家具を他の働き蟻がなおしている間、じっと待っていた。
私と彼の呼吸は、休み時間のたわいもない会話のおかげでピッタしだった。
彼も気づいているようだった。そのラグがまだ数ミリ単位でずれている事を。
次々と数ミリ単位で重たい家具の位置を動かしていった。
そのサイドキックと女王蜂の軽やかな物言いの指示に従って私たちは、重たい家具を動かしていく。
軽やかさで負けてはいけない。
彼女たちの指示に従ってリズミカルに反応し、細心の注意を払いながら丁寧にそして正確に私と彼は、重たい家具を動かしていった。
私と彼は、重たい家具を彼女たちの物言いよりも軽やかな気持ちで動かすのが暗黙の目標だった。
誰よりも先に指示に対して快活に返事して動かすものだから、私と彼のコンビは、他の働き蜂の中で群を抜いていた。
重たいスイス製の家具を動かし終わったあと、私は、なぜだか楽しくなっていた。
そして、熱気に押されたのかついに気まずそうに女王蜂が言った。
「あのラグまだ、ほんのちょっと斜めってますね」
「反時計に1度ですね」私は、軽やかに言った。
その瞬間女王蜂とサイドキックが少女のように笑った。
私たちは、その瞬間その日の仕事に勝利した。

この文章は、フィクションです。

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