ショートショート:はぐれ雲を追いかける子供たちを追い越すコウノトリ
子供たちが斜め上を見ながら何かを追いかけるように公園脇の道路を走っている。その先にはポカンと浮かぶ真っ白なはぐれ雲が一つ。はぐれ雲の周りはとてつもなく澄んだ薄藍だ。
子供たちは笑いながら走っている。目的地はあのはぐれ雲だろうか。なんだかとても楽しそうに見えたので、僕も子供たちの後について走った。
赤信号が子供たちの行く手を阻んだ。子供たちは走りを止めず、足踏み走りをした。僕も真似をした。車が右から左からビュンビュンと走り過ぎる。みんな何かを急いでいるんだな。
信号が青に変わり道路を渡った。渡った先には大きめの溜池があり、その縁を走る。溜池の真ん中には島があった。そこに大きな鳥がいた。
「コウノトリだ!」
子供たちを大きな声で叫んだ。コウノトリがその声に反応したのか、走る子供たちの方に大きな羽を広げ追いかけて来た。
コウノトリが僕の上空を通過し、子供たちの頭上に差し掛かる。
元気な声を出しながら走る笑顔の子供たち。
大きな羽を広げて優雅に飛ぶコウノトリ。
その先に真っ白なはぐれ雲が一つ。
澄み切った薄藍のキャンバス。
きっと僕は時空を超えているくらい素晴らしい光景を見ているに違いない。江戸時代にでもタイムスリップしたような感覚は、僕が抱えているすべてを無にしてくれた。
コウノトリは子供たちを追い越し、近くの中学校に建てられている巣塔に向かい、そこに停まるかと見せ掛け、スレスレに通過して、はぐれ雲に向かって飛んでいってしまった。
子供たちは溜池の向こう側まで走り切ると、はぐれ雲が浮かんで見える海岸方面へ向かった。
やがて誰もいない海岸に到着し、子供たちはやっと走るのを止めた。そしてみんなで砂浜に仰向けに寝そべった。
「あぁ、あ。今日も止まらなかったね」
自分たちのことを言っているのだろうか? それともさっきのコウノトリのこと?
どうでもいいか。両方だったら格好いいな。時間も止まらないし、時代も止まらないもんな。今を生きていることを感じているだけでいいや。
僕は子供たちの横で、同じように仰向けに寝そべった。
はぐれ雲を見つめた。海の匂いと薄藍のキャンバスが僕を包んでくれた。
「ありがとう」
大きな声で言った。自然と。
(完)