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— M・T君に ― 「てんぎゅうをとりにいこう」 きみがそう言った夏休みに ぼくらは残忍なハンターになる もくもくと青空に湧く入道雲 稚魚の群れが回遊する島の海を ぼくらは毎日飽きるほど泳いだ 陸に上がって濡れた体を拭いても 蝉の声の合唱に囲まれたら すぐに大粒の汗が吹き出てくる 湿気た藪に羽虫の群れが忙しく舞い 麦草の上を黄金虫が飛んで行って ぼくらの行く先は斑猫が道案内 草叢から蝮が這い出て来ると
始まりの時は うっすらと青く 内界に結露した 母なる水球に 浮かぶ魚鱗のひとひら 朝霧は晴れ かもめは飛び立ち 揺れる波間に 凛として湧き上がる島 もう帰ることはできない 白い灯台の立つ岬に 還って行く潮流は 大きく弧を描いて ざんぶざんぶと洗う 沖積世の岩塊の てっぺんに刺さる 黒い銛のうた 午後の白砂青松に ふと起こる風に巻かれて 柑橘の香り立つ島 水球の極点に裂開する 空洞の寂寥から島は来る 榊の葉 甘夏蜜柑 山の幸 沖の岩礁に残された供物が 波に浸されて 夕凪
つゆ草の栞を挟んで 天文航法の本を閉じたら 燕は何処にもいなくなっていた 秋はそんな風にやって来て 僕はようやく 星の高さを測定し始める けれども胸に広がる空の青さは 六分儀では測れないから 僕はひとり呟く 一体いま 終わってしまったものは 何だったのだろう * 遠くで鳴る鐘の音が 送電線を揺らす風に運ばれて 僕の痩せた頬を撫でて行く 風がささやく言葉に向かって 手のひらを差し出しても 真白い蝶の飛跡に変わって 屋根の向こうに消えて行った あれは空耳だったと
夜明け前の坂道を登って行く 白くぼんやりとした後ろ姿 幼い私の行く手には 鬱蒼と生い茂った竹藪がある 洞窟の黒い口に誘われるように 私は竹藪の中の道に入って行く 竹は両側から頭上を塞ぎ 笹の葉が微かな風に揺れている さや さや さや さや さや さや さや さや さや 笹の葉の音が頭上を舞っている 暗がりの中を歩いて行く と思ったら 私はいつの間にか 鉄橋の上を歩いていた 乗り物の絵本で見た鉄橋が 竹藪の道の進行方向に重なり トラス構造の
秋になると、川堤をびっしりと覆う葛の茂みは、セイタカアワダチソウとススキの求愛を受ける。セイタカアワダチソウはあちこちで葛の茂みを下から貫き、空に向かって茎を伸ばし、黄色い花冠を風に揺らせて葛の気を惹こうとする。それに遅れを取るまいと、ススキの群れも銀色の穂を伸ばしてくる。だが葛は、春から夏にかけて茂みに棲んでいた虫や百足や蛇や、迷い込んで来た犬や猫やヒトから零れた夜の呟きを捕獲する作業に夢中で、セイタカアワダチソウとススキの試みは徒労に終わってしまう。 夜の呟きに触れるこ
透明にゆらぐ火炎の秋 あなたは雲り空の斎場で ひとり密やかに焼かれた 紺色の重力を振り解き 垂直に あるいは 灰白の螺旋を描いて 懐かしい星の郷に昇る 秋のフラグメント達 けれど残された私達は 風に舞う落葉のように 重力を裏切れないから せめて、見てごらん 雲の絨毯を剥ぎ取られた 満天の星の祭りを 秋の夜空から降り注ぐ エンジェルの滝を あなたの祝福を受けて 無数の星の子ども達が 地上に降り立つ頃には 白銀の冬がやって来て 私達は暖を囲んで語り合う ああ そのとき 私達の痩せ
いくつもの季節と いくつもの月と星の巡りに いくつもの樹木が根っこを絡め いくつもの風がその周りを かごめ遊びのように回っている 君にも見えるだろう? 空と海の彼方にある ほの白い光の原野へと続く 野ぶどうの生えた道が いつも気紛れにやって来る雨と あの遠雷の後ろを追いかける 僕の歩いて行く先には 線路脇の名も無い花と石ころと いくつもの街があった なつかしい人よ 風雨を避けるために 軒下で羽根を震わせる燕達にも また一緒に飛べる日がやって来る 行く人よ 君には君