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— M・T君に ― 「てんぎゅうをとりにいこう」 きみがそう言った夏休みに ぼくらは残忍なハンターになる もくもくと青空に湧く入道雲 稚魚の群れが回遊する島の海を ぼくらは毎日飽きるほど泳いだ 陸に上がって濡れた体を拭いても 蝉の声の合唱に囲まれたら すぐに大粒の汗が吹き出てくる 湿気た藪に羽虫の群れが忙しく舞い 麦草の上を黄金虫が飛んで行って ぼくらの行く先は斑猫が道案内 草叢から蝮が這い出て来ると
トキエは泣いている。薄暗い納戸の奥の、紅い鏡掛を開いた鏡台の前に座り、泣きながら化粧をしている。「おかあちゃん」 幼い私はトキエに纏わり付いて、その名を呼び続けている。戸外から蜜柑畑に行く父の呼び声が聴こえて来る。町育ちのトキエには馴染めない農家の日々と、父への精一杯の抵抗。「おかあちゃん」 私はいつまでも呼び続けた。 まだ日差しの強い秋の日に、私はトキエに連れられて何処かの保養地に向かっていた。トキエと私は手を繋いで列車に乗り、手を繋いで畦道を歩いた。見上げると、帽
十六で嫁入りした祖母は まだ娘だったから 近所の子供達と鞠を突いて遊んでいた すると 嫁入りした女はもう そんな遊びをしてはいけないと 誰かの叱る声が聴こえて来たという 春の夜明け前に 積み重なった笹の葉の下から 筍が微かな音を立てて生えて来る 祖母が竹薮に行くと 子供の姿をした竹薮の精が 飛ぶように先を走って行き 祖母は少ししんどそうに笑いながら その後を追って筍を掘る 雉が飛び立つ夏の畑で 祖母と離れて遊んでいた私は からす蛇に遭遇して泣き出した 祖母は農作業の手
梅雨の合間の日曜日に 小学校のマラソン大会があった 一年生と二年生が合同で走り 女の子のきみは三十九人中の三十番 お昼ご飯は海辺のレストランへ 「二年生なのに情けない」 パスタランチを食べながら お母さんとお祖母ちゃんが嘆く 「七人ぐらいぬいたよ」 キッズランチを食べながら きみは抗議をしている 「がんばって走っていたぞ」 パスタランチを食べながら ぼくはきみの肩を持つ 内心では 来年に向けて 星一徹ばりの鬼コーチに 変身する決意を固めているのだ 海を望む
夜明け前の坂道を登って行く 白くぼんやりとした後ろ姿 幼い私の行く手には 鬱蒼と生い茂った竹藪がある 洞窟の黒い口に誘われるように 私は竹藪の中の道に入って行く 竹は両側から頭上を塞ぎ 笹の葉が微かな風に揺れている さや さや さや さや さや さや さや さや さや 笹の葉の音が頭上を舞っている 暗がりの中を歩いて行く と思ったら 私はいつの間にか 鉄橋の上を歩いていた 乗り物の絵本で見た鉄橋が 竹藪の道の進行方向に重なり トラス構造の