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— M・T君に ― 「てんぎゅうをとりにいこう」 きみがそう言った夏休みに ぼくらは残忍なハンターになる もくもくと青空に湧く入道雲 稚魚の群れが回遊する島の海を ぼくらは毎日飽きるほど泳いだ 陸に上がって濡れた体を拭いても 蝉の声の合唱に囲まれたら すぐに大粒の汗が吹き出てくる 湿気た藪に羽虫の群れが忙しく舞い 麦草の上を黄金虫が飛んで行って ぼくらの行く先は斑猫が道案内 草叢から蝮が這い出て来ると
トンネル 車は山の中腹のバイパス道路を走っている。緩やかなカーブに続くトンネルに入ると、前方の暗がりからオレンジ色の照明が次々に現れて来る。しばらく走ると眩い半円形の一部が見えた。半円形がどんどん大きくなる。その向こうには光る海。水平線が僅かに右に傾いでいる。たちまち半円形は最大に。車はトンネルを抜けた。眼下に島と島を繋ぐ紅白柄の二つの送電塔。その内側の少し遠くに 別の島々を繋ぐ白い吊橋の二つの主塔。スケールの大きな二重の門だ。水平線の傾きが元に戻った。 ランプウェイ
梅雨の合間の日曜日に 小学校のマラソン大会があった 一年生と二年生が合同で走り 女の子のきみは三十九人中の三十番 お昼ご飯は海辺のレストランへ 「二年生なのに情けない」 パスタランチを食べながら お母さんとお祖母ちゃんが嘆く 「七人ぐらいぬいたよ」 キッズランチを食べながら きみは抗議をしている 「がんばって走っていたぞ」 パスタランチを食べながら ぼくはきみの肩を持つ 内心では 来年に向けて 星一徹ばりの鬼コーチに 変身する決意を固めているのだ 海を望む
頑丈な鉄骨で構築された四角柱の塔が立っている。錆びた梁が上から下までを六つの立方格子に区切り、東側の面を太い配管が真っ直ぐに上行し、頂上で鋭角に折れ曲がって塔の中心を下行すると、やがて漏斗のような物体がそれを受け止める。海辺のセメント工場はとっくに稼働を止め、臓物めいた装置を内部に支え続けた塔も死んでしまった。夜になると、黒々とした塔のシルエットの天辺に紅い灯が二つ、中腹と下部に二つずつ、さながら亡霊の目のように点灯し、眼下のJR駅や国道を走る車を夜警のように見つめている。
山の斜面の家と家の間の、曲がりくねった歩道の裏側を下りて来た暗渠は、海岸線の国道脇に立つゴミ収集ステーションの手前でコンクリートの蓋が無くなり、幅狭な水路に変わる。だがすぐにアスファルト道路の裏側を横切り、海辺の家と家の隙間に開口する。流れ落ちる水が引き潮の砂泥に浸み込み、庇の影がその上に落ちる。左右のコンクリートの縁はもう少し続き、庭先の海岸堤防の開口部で終わる。石積み造りの突堤が湾曲しながら海へ伸びて行く。遠くに島が浮かんでいる。
アスファルト道路の表面に、蛇のような黒い波線がひとすじ、進行方向に沿って横たわっている。近寄って見ると亀裂の補修痕のようだ。指先で表面に触れてみる。ゴムのような素材だがとても固い。歩いて行くといろんな形の補修痕が次々に現れて来る、対向車線には道教の呪符みたいなややこしい模様のものもある。 「街を歩いてもアスファルトに走る無数の亀裂から滲み出てくる闇を見つめるだけだ」 遠い大都会の街に住んでいた青年の頃、ノートに書き留めていた言葉。今は海辺の町の路上で補修痕を見つめている。