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日々に遅れて

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詩・散文詩の倉庫03
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#朝

日々に遅れて

結局やって来なかった夏の記憶は、知らず知らずのうちにうす桃色の花の蕾に封じ込められる。名前を知らない花の開花を薄明のなかで反芻しようとしても、顔の無い夜の方にするすると逃げて行き、掴もうとする手はただ宙を泳ぐばかり。 早朝のごく限られた時間だけ朝日の射す場所でしか生きられない食虫植物のモウセンゴケは、密生する腺毛に朝露を付着させ、捕らえた光虫を小さな渦巻形に丸めてから、じんわりと消化してゆく。雫から弾け跳ぶ光の予感だけが私を生かしている。 やって来なかった? いや、気が付

光る髭

レース越しにうっすらと 円い鏡の見える出窓は 雲の螺旋階段ではなかった 月から吊り下げられた ゼラニウムの鉢でも コスモスの咲く庭でもなかった ただ私を送り出す人が 立つためにある出窓   朝の舗道を歩く それぞれの 靴跡は剥がされて 風の波紋を漂っては 消えて行く方向へ 顎先は誘われて 剃り残しの髭の二つ三つに 鈍く光るものを触知して ふと佇む 灰色の敷石のうえ   花はもう 散り果てている 代わりに芥が 花を模写して舞い踊る それは小さな 螺旋階段であり 街路樹に降り注ぐ

幸福論

冬の朝 目覚ましアラームが鳴る のそのそ布団から這い出る あ 今日は日曜日だった また布団にもぐり込む ああ 至上の幸福それは二度寝   これを毎日体験したい アラームにスヌーズを設定する   月曜日の朝 目覚ましアラームが鳴る のそのそ布団から這い出る あ 真の起床は20分後 また布団にもぐり込む ああ 至上の幸福それは二度寝 (( カラスが鳴いてるぞ 何が悲しゅうて窓のすぐ外の電柱に止まる? カラスなぜ鳴くの? そういや黒カラスとジミー・ペイジのライブCD持ってたかな 

赤信号の交差点で停車した 今日は遠くの山並みがよく見える はて こんな風景だったかな?   ビルが二つ取り壊されて 見晴らしが良くなったのだ 跡地は舗装されて駐車場になり その奥にコンビニが出来ている   青信号に変わって左折した 光と影のコントラストが強くて こちらの通りも知らない街みたい   橋を渡って少し走って右折して ホームセンターの園芸コーナーへ   知らない店に来たような秋の朝 知らない花の鉢を買おう

朝 玄関のドアを開けて 階段を降りて行く セメント工場の方角から 何かの軋む音が 聴こえて来る 時間が並ぶ順番を 決めているのだ 一階に降りて 道路に出る 左足と 右足を 踏み出すたびに 敷石が現れて 歩道が出来ていく ヤマモモの並木も 生えてきた 斜め前を はや足で歩く 足首から膝までの ストッキングと 黒いパンプス だんだん胴体も現れて OLさんが 出来つつある ぼくもそろそろ 出来上がる 頃合いだ 斜め後方に走り去る 自動車の エンジン音 残響に