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結局やって来なかった夏の記憶は、知らず知らずのうちにうす桃色の花の蕾に封じ込められる。名前を知らない花の開花を薄明のなかで反芻しようとしても、顔の無い夜の方にするすると逃げて行き、掴もうとする手はただ宙を泳ぐばかり。 早朝のごく限られた時間だけ朝日の射す場所でしか生きられない食虫植物のモウセンゴケは、密生する腺毛に朝露を付着させ、捕らえた光虫を小さな渦巻形に丸めてから、じんわりと消化してゆく。雫から弾け跳ぶ光の予感だけが私を生かしている。 やって来なかった? いや、気が付
赤信号の交差点で停車した 今日は遠くの山並みがよく見える はて こんな風景だったかな? ビルが二つ取り壊されて 見晴らしが良くなったのだ 跡地は舗装されて駐車場になり その奥にコンビニが出来ている 青信号に変わって左折した 光と影のコントラストが強くて こちらの通りも知らない街みたい 橋を渡って少し走って右折して ホームセンターの園芸コーナーへ 知らない店に来たような秋の朝 知らない花の鉢を買おう
マテバシイの高枝から 蔓植物の太いのが垂れ下がっている 山の手入れで根を伐られたのだろうか 子供の頃 こんな蔓に掴まって ターザンの真似をして遊んだものだ ちょっとやってみるか えいっと飛び付く ぶら~ん ぶら~ん 枝葉がバッサバッサ揺れる 山の斜面を蹴って グオーン 戻って ぶら~ん また蹴って グオーン 戻って ぶら~ん 一回転 ぶ~らり 逆戻り ぶ~ら ぶ~ら 腕がアップアップ 着地しよう おおっと 尻餅をついてしまった ズボンをパンパン叩きながら ふと道
子供の頃 ぼくは信じていた 何処か遠いところに 黒い湖があって そこには首長竜が棲んでいる お父さん 黒い湖はどこにあるの? ぼくが尋ねても お父さんは何も答えずに 毎日山へ働きに出て行った ぼくは地図帳を開いて 湖を見つけては黒く塗り潰した 奥深い霧に覆われた湖面から 首長竜が水飛沫を上げて首をもたげる そんな想像をして 夜になるとすぐに眠った 真夜中にふと目覚めると 窓から首長竜が覗いている なんだか寂しそうな眼をしていた お父さん ゆ