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戦々恐々             ――画像しりとりはじめました(#81)

(#80) 当選→「せん」→戦々恐々

抜き足、差し足、カメラ目線



その日、私は酔っていた。酒を飲み過ぎたわけではない。ていうか、アルコールは一滴も体内に入れていない。そもそも、アルコールが入ると眼圧が上がり、痛みのあまりそこらじゅうをのたうち回るハメに陥る体質なので酒はもとよりご法度なのだ。

酒ではなく、人に酔っていたのだ。

その日の私は、とあるイベントのスタッフの一人が急な入院だかなんだかで来られなくなり、その代打として駆り出されていた。前職でそういう事業系のイベントの裏方作業を数年にわたってこなしていたこともあり、急な要請にもかかわらず、仕事は至極順調にこなせた。むしろ、順調にやりすぎてしまったのが結果的に悲劇を生むのだが、とにかく、2日日程のイベントの1日目は滞りなく終了した。

1日目のイベント終了後は、主催者のお偉方をはじめ、出席者や関係者の打ち上げ的なパーティが催されたが、急な代打にも関わらずどのスタッフよりもテキパキと作業をこなし、想定外のトラブルが起きかけたところをとっさの機転で未然に回避できたところ等を見ていた主催者側の現場責任者の目に留まってしまい、今日の働きの労いに、その打ち上げパーティへ参加するようにと言われた。

仕事をしただけですからと固辞したものの、その姿勢が謙虚に映ってしまったのか、その責任者はさらに私のことを気に入ってしまい、もはやパーティに参加しない方が失礼に当たりそうな雰囲気まで作り出されてしまった。そんなワケでやむなく参加することになってしまったのが運の尽きだ。

打ち上げパーティは、まさかの立食形式。
会場もそこまで広いわけではなく、中はZepp Sapporoかなにかのライヴ会場みたいな人口密度の濃さになっていた。

こいつはたまらん。
どさくさに紛れて早々に引き上げよう。そう決意するもむなしく、例の責任者にみつかってしまい、その会社の上司やら関係者やらに、まるで私がその会社の有望な新入社員か何かのように紹介されまくっていった。

「○○くんが急に来れなくなって、それで彼に来てもらったんですけどね。いやあ、彼のおかげで今日はホント助かったんですよ」

そういって褒めてもらえるのは、正直悪い気はしない。普段人に褒められるなどという経験に免疫がないから、むしろ気恥ずかしくてたまらないが、たまにはそういうことがあってもいいか。途中から観念して、半ば流されるままにそのパーティ会場でのひとときをやり過ごした。

翌日も午前中にイベントの残りがあるので、打ち上げ終了後は会場となっているそのホテルに用意された客室に引き上げた。

部屋に入るや、まず真っ先にシャワーで汗を流した。そもそもイベントの裏方作業で汗だくだったし、その後の予定外の立食パーティーでさらに汗まみれになっている。人混みが苦手な私は、普通の疲れと余計な気疲れとで身体が鉛のように重くなっていた。

シャワーを浴びて少しだけ気持ちがスッキリすると、そのままベッドへダイブ。頭の中がガンガンいうてるし、ともかく横になりたかったのだ。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

尿意で目を覚まし、まだ少しふらつく足取りでトイレに向かった。
ドアを開けると、最初はその向こうの違和感に意味が分からなかった。

――明るすぎる。
その感覚で意識が徐々に覚醒し始めた。次いで目を落とした足元。この毛足の長さは明らかに部屋のものではない。不意に笑いが込み上げてきた。

よりにもよって、トイレと間違えて客室のドアを開けるかねww

廊下の左右を見渡して、誰も人がいなかったのはラッキーだったな。そうひとりごちる。よほど疲れてたんだな、と誰に対して言うわけでもない言い訳をモノローグしながら、おっと、トイレ、トイレ。尿意に急かされて部屋のドアを開けた。

――開かなかった。
ん? 握ったノブに力をこめる。
んん?? ノブは全く動かない。
んんん??? 逆にひねってみる。当たり前だが、それで動くようなら世話はない。

締め出された(・_・)。

バラエティ番組とかのエピソードトークで聞いたことはあるが、こんなことが本当にあり得るのか。いや、こうして実際に自分が今、そのエピソードトークの再現VTRみたいなことになっているのだから、疑う余地はない。
あり得るのだ。

ただ、私が見た時のそのエピソードトークは、確か浴衣1枚で締め出されていたのだが、現状はもっと深刻だ。シャワーを浴びてそのままベッドにダイブした、そのままの状態である。いわゆるポンだ。あえて正確に言うならすっぽんぽんだ。

これはマズい。
さすがに事ここに至ると、意識はもはやスッキリくっきりだ。ドッキリでないことがハッキリしてる以上、今はとにかく自分がしっかりして、この苦境をきっちり乗り越えねばならない。

とはいえ、迂闊に人を呼ぶわけにもいかない。そもそもケータイだって今は入ることができない部屋の中だ。

数瞬考えた末の結論は、こうしていてもらちが明かないから、まずはフロントへ行く――だった。

どのみち、締め出された部屋に入るためにはマスターキーが必要なのだろうから、遅かれ早かれフロントに行かなければ解決しない問題なのだ。恥をかくなら必要最小限に留めるに越したことはない。

――行くか。

決意を固めると、ゆっくりと歩を進めた。大した意味はないのに自然とステップがそろりそろりと忍び足になっている。足音を立てることが眼前に居並ぶ客室のドアのいずれかを開けてしまう呼び水になるのではないか、そんな錯覚を覚えていたのかもしれない。

お願いだから、どのドアも開かないでくれ。祈るようにゆっくりと進む。とりあえず、そのフロアのほぼ中央に位置するエレベーターのところまでたどり着いた。あとは、このままエレベーターに乗って1階のフロントに駆け込むだけだ。

――と、頭上の「1F」に点灯している表示を見て、考えが変わった。
待てよ。仮に、このままエレベーターに乗れたとして、そこからフロントのある1階に着くまでの間、途中の階で押されて誰かが乗り込んでくる可能性はないのか? 想像して見ろ、エレベーターに乗ったはいいが、途中の4Fや3Fに不意に点灯してしまった時のことを。そうなったらもうどこにも逃げられないぞ。

危険すぎる。
自分のいる15Fという高さがその可能性を、リアリティを増幅させてくる。

思わずブルって泳いだ目線がそのフロアの端の方へ飛んで何かをとらえた。――これだ。

非常階段。
ここなら、時間はかかるが人目につくリスクは相当程度軽減できるはずだ。もしかしたら、降りている途中で、ホテルのスタッフに偶然ばったり鉢合わせしたりして、そうしたら事情を話して一気に問題解決、生まれたままの姿と恥をさらすのはそのスタッフ一人で済むではないか。

……などと都合のいい展開を想像しながら、それでも、非常階段という選択肢はリスクヘッジとしてはかなり優れた策だと思えたので、すぐさまそちらへと作戦を変更する。忍び足を再開して、フロアの端の非常階段へ続く扉を目指す。

その間も、左右に居並ぶ客室のドアがいつ開きやしないかと戦々恐々しながら、そろりそろりと歩を進めた。

幸いなことに、非常階段へと続く扉にたどり着くまで、客室のドアはどれひとつ開くことはなかった。確認することはかなわないが、もしかしたら、時間的にはみな寝静まっている深い時間帯なのかもしれない。

ホッとしたその時、背後に視線を感じたような気がして、とっさにその視線の方向へと振り向いた。
そこには、冷たく赤い目が点滅していた。
防犯カメラかよ……。思わず胸をなでおろし、扉を開けて非常階段へと進んでいく。

非常階段へ身を置くと、なぜだろう、どことなく安心感が湧いてきた。こんなところに現れるのは、基本、宿泊客ではありえない、という勝手な先入観が、そんな安心感をもたらしたのかもしれない。

ひんやりとした階段の感触を素足で感じながら、ゆっくりと、一歩ずつ、一階ずつ、降っていく。

考えてみたら、スタート地点は15Fだからなぁ……。先は長い。
まあ、上りじゃなく下りなのが幸い、帰りはエレベーターで戻れるんだから、のんびりいくか。

最初のうちは、フロアをそろりそろり忍び足してた感じと同じステップで歩を進めていたが、1フロア降るごとに、足取りは徐々に忍び足スタイルがなりをひそめ、5フロア分も降りた頃には、すっかり通常モード、何なら少し早足のペースになっている。

ただ降るだけ、とはいいつつ、なにせ15階分の距離だ。さすがに途中で少し休憩したくなってきた。どうせ、人が来る気配いっさいナッシングだし、少し休むか。階段のステップに腰を下ろし、しばし休憩。

ちょっと休むと、逆に疲れが急激に押し寄せてきた気もしてきた。ややもすると眠気にすら発展しそうな予感がして、慌ててかぶりを振り、階段下りを再開する。

途中でのどが渇いてきたので、非常階段からい一旦フロアに出て、エレベータ脇に設置されている自販機のところへ行く。たまたまちょうど一人買おうとしている人がいたので、その人の後ろについて待っていた。

やがて、自分と同じ年代くらいの宿泊客らしいその男性と入れ替わるように自販機に向かう。
何を飲もうかな――しまった、財布は部屋の中じゃないか(*´Д`)。

とんだ無駄足だった。いったんノドが渇きを訴えだすと、無性に何か飲みたくなってしまう。
疲れた体に鞭打つように足取りを速めて非常階段を下りた。なんならもう、半ば駆け足のような速さになっている。

もうすぐ1階というところで、非常階段が不意に開き、フロア側から宿泊客らしい一団数人と、鉢合わせした。こちらもちょっとスピードを上げて駈け下りている所だったので、あやうくぶつかるところだった。
「すみません」とっさに謝ると、向こうも軽く会釈を交わしてくれたので
「ちょっと急いでますので。すみませんでした」
そう言葉を継いで先を急いだ。

ようやく、1階まで下りた。もう足が棒のようだ(^^ゞ。
フロントの人を除けばもう誰もいないロビー。
ゆっくりとフロントに近づき、カウンターに少しもたれるようにして事情を話す。

「すみません。ついうっかり、締め出されちゃいました」

フロントには、割と若い男性一人、女性一人。男性の方は、ちょっと目を丸くしてこちらを見ている。カウンターに設置されている時計を見たら午前3時をちょっと回ったところ。この時間に客がフロントに突然現れたら、そりゃ目も丸くするだろう。もう一人の女性なんか、忙しいのか、目も合わせてくれない。

部屋番号を告げると、男性の方がマスターキーらしきものを手に、じゃ参りましょうか、とエスコートしてくれた。

行きの苦労を考えると、帰りはあっという間だった。改めて感じるエレベーターという文明の利器のありがたみ。

その若い男性ホテルマンのマスターキーで部屋は無事に解錠し、部屋に落ち着くことができた。安堵と疲労とで思わずベッドに腰を下ろし、大きく息を吐く。

私が礼を言うと、ホテルマンは軽く会釈し、去り際に快活そうな声で一言

「そういえばお客さま、どうして裸だったんですか?」

!!!

「あ、いえ、失礼しました。ごゆっくりどうぞ。」

ゆっくりと客室のドアが閉じた。


――人間、見えているものだけが総てではない。

ただ、戦々恐々が威風堂々に変わった瞬間、人の見え方はそれだけで変わる。――のかもしれない(笑)。


さて、今日の一曲は、戦々恐々が威風堂々に変わったということでw
今週の1曲目、角田信朗で『義風堂々!!

実は、初稿ではこのエンディングは入れてる時間がなかったので (マヂで日付が変わるギリギリだったからなぁ……💦💦)、翌日9月20日に、この曲の部分を追加しました^m^

角ちゃん、相変わらずカッコ良いですね(o^-')b♪

なんか、こんなアホウ極まりないヨタ話でも、こういうカッコ良い曲がEDに流れると、ちょっとした2時間ドラマみたいな風情になる……かどうかは聴いているアナタ次第( ̄∀ ̄)
 

おっと、今宵ももうこんな時間だ。てか、マジでこんな時間だ(笑)。

そんなこんなで、
明日も、なるべく多くの人が
もしもの時にはいっそ開き直ったら案外うまく転ぶかもよw――的にハッピーモードな一日になりますよう


■ おまけ

 今回の画像しりとり列車 (81両目) の前の車両です。タイトル「当選」と右下のネタ画像で、なにこれ?て引っかかりを覚えた方がおられましたら、時間が許すような時にでも、覗いてみてやってください。

 

 

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