君だけの居場所だから
最終電車が近付く夜更け過ぎに
今日も君の知らせを教えるインターホンが鳴るんだ。
"また来ちゃってごめん。"
玄関先でさっき貼り付けたであろうその笑顔で君は平気な顔をしていて。
心配させないように取り繕うその癖が心配になるんだ。
僕は何も言わずに彼女を家に上げる。
"どうしたの?"なんて聞かない。
君はソファーの下に背中を預けてちょこんと座るのが好きだから今日もその位置に。
僕も少し距離を保って君の傍へ座る。
一人で見ていて付けっぱなしだった深夜バラエティの音だけが垂れ流されて、
次第に弱々しそうな姿で俯いている君が目に入る。
もう見る気の無いテレビを消してから少し経てば、
君は思い切りの悪いゆっくりな速度で僕の服の袖を掴んで、腕の中へ頭を預ける。
『...っ、、』
声にもならない音が聞こえてくれば、
僕の胸の中で、
いや腕の中で君がすすり泣いていて。
また何も出来なかった僕はもう片方の手で君の背中に触れるか触れないかの程度でそっと包み込んで。
君がここに来る理由を、
きっと今日あった最低な出来事を伝えようとしているけれど、涙のせいでうまく喋れずにいて。
だからさ、無理に話さなくていいよ。
顔に残ってた微かな傷が、
隠しきれてない身体の痣も。
全部、全部聞かなくても分かるから。
腕の中は泣いたっていい事にしよう。
泣き疲れて寝てしまった君を抱き抱えるなんて事は出来ずに、せめて毛布を掛けた。
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まだ辺りは暗い頃。君がむくっと起きる。
僕は寝ている間に作っておいた軽食を温め直して君に渡した。
『その…ありがと、いつも』
有り合わせの材料で作ったものを口にしながら君はそう呟く。
夢中で食べ切った君は食器をそっと机に置くと、
『っはあ⋯嫌な女だ、ほんとに。』
なんて口を開き始めて。
『⋯あいつにさ殴られては
また○○の家に逃げ込んでさ。』
『だからこんな不幸になるんだろうね。』
数時間前も見たあの笑顔で儚げに話す君を見て、また心が痛んだ。
食器を洗い、寝癖のついた髪を梳かした後
『ん、また⋯。』
と、僕に手を振ってはあの忌わしい戻らなくていい場所へ消えていく。
"また"なんて次は無いかもしれないのに、
いつも引き止められなかった自分が虚しくて虚しくて。
朝方、抱えきれない自己嫌悪を抱いて眠りに着いた。
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数日後。
また夜更け過ぎにインターホンが鳴った。
すぐに玄関を開けるとあの偽りの笑顔すらない、咽び泣いている君が立っていた。
「⋯美、美羽?
⋯何があったの、、」
ただならぬ雰囲気を感じ取った僕は
いつもなら聞かないはずの理由を君に尋ねた。
『っ、、毎回どこいるんだって問い詰められて。
いつもみたいに殴られても何も言えずにいたら包丁振り回されて...っ...』
泣きながらそう説明する君の姿を見て、
今まで何も出来ずに無害なフリをして"いつか"なんて幻想を抱いていた最低な僕は我慢できなくなっていて、手を取って。
震えている君の体を抱き寄せた。
「⋯もう美羽の辛い姿は見れてられない...」
『……』
「毎回虚ろげに帰っていく美羽になんて言えばいいか分からなくて。
でもそれが自分で許せなくて。」
「もう帰って欲しくない。
だから⋯いつまでもここに居てよ…」
腕の中で君は頭をゆっくりと縦に振ると、
お互いに謝り合いながら二人で大きく泣きじゃくった。
落ち着いた後、僕は警察に通報し、慣れない事情聴取と事の経緯を話した。
DVを振るっていた美羽の彼氏は任意同行され、その後逮捕。
美羽も何日間か警察署に出向き、事情聴取を求められて疲弊していたが、安心感からか次第に笑顔を見せるようになっていた。
「…その今まで何も出来なくてごめん。」
『…もーいいって。』
『てかこの関係ってなに?シェアハウス?笑』
「あー、、それは違うけど...」
『ちゃんとした言葉。まだ貰ってないけど』
「その…絶対に幸せにするから付き合っt...!」
『んふっ、もういい。』
「いやまだ全部、、」
『まあこれからはここに住むからさ、
幸せにしてね?彼氏くん?』
屈託のない笑顔でそう話す君は僕の大事な台詞と恋心を奪っていって、
あの時とは違う素直な表情をしていた。
ここは君だけの場所だから。