
免許合宿に来たら推しに会いました。
「ここで2週間かぁ…よし、頑張るぞ。」
地元を離れ、一人やってきた郊外の街。
ポツポツと点在するコンビニや飲食店以外は何も無い街並み。
こんな所にわざわざ観光に?
違う。
僕は夢まで見ていた運転免許を!
取る為にやって来た。
まあ、実際必要かと言われれば、
そうでも無い気がするけれど。
やっぱり深夜に
友達と海ほたるとか行きたいじゃん。
あとなんだかんだ持ってたら便利だし。
という稚拙な理由で合宿免許に。
まずは諸々の入所手続きを済ませて⋯っと。
"ええと、橋本○○くんね。はい。"
記入した資料に目を通され、適性検査へ。
色覚や聴覚を測り、次は視力へ。
周りの人に合わせ、列に並んで待っていると
何やら検査の先頭にいる女性と担当のおじさんが揉めている様子が目に入った。
"⋯⋯さん。帽子は取ってもらわないとねぇ。"
『うーん……どうしてもですか。
顔見られると困っちゃうんですけども。』
"一瞬でいいからね。申し訳ないねぇ。"
(女の人の声…どこかで聞いた事がある気が…?)
一悶着ありつつも帽子を取る背丈の小さな女性。
⋯えっ!?!?
その姿に驚きのあまり声を上げそうになった僕は
急いで口を噤む。
ふんわり巻かれた黒髪にあの小さくて可愛らしい身長。
一瞬で目を惹かれる愛らしさ。
普段は目にしない眼鏡姿にマスクだけれど、
ファンの僕はすぐに分かってしまった。

推しのるんちゃんだ!!
と。
あれから話し掛ける合間も勇気も無かった僕は、
ただ同じ場所に
推しが居るという衝撃的な事実だけが
頭をぐるぐると巡っていた。
そんなこんなで一日を終え、
期間中泊まるホテルに。
荷物類を部屋に置き、
食事はホテルでとの事で会場に向かう。
「⋯あっ!!」
本日二度目の推し発見。
と、同時に今度は我慢出来ず声を上げてしまった僕。
その声に振り返ると、
明らかに困惑した表情を浮かべる推し。
『あのぉ…どうしました?』
驚きと申し訳なさで固まっていると、
向こうの方から声を掛けられた。
『何でも無かったら良いんですけども…』
「⋯あ、あのっ!」
『は、はい…?』
「櫻坂の…も、森田さんですよね…」
『⋯んえっ!?なんでバレたと!?』
唐突に出る推しの博多弁。たまらない……
一生聴いていられるかもしれない。
「視力検査の時に気付いちゃって、、
僕、森田さんが大の推しなんです!ミーグリとかも行ってて…」
『え〜!ミーグリ来てくれてるの!
でも初日でバレるとは⋯どうしたら⋯』
「あの…絶対誰にも言わないので…」
『うんっ。二人だけの内緒にして欲しいな?』
「も、勿論です!」
『良い子やね〜!
それじゃあまた会ったらよろしくね?』
「は、はいっ。」
僕の返事に笑顔で応えてくれると、
踵を返して歩いていく。
一体ミーグリ何枚分喋れたんだろう⋯
なんて思いに浸っていると、
"あっ。"と声を上げて振り返る彼女。

『ひかとの約束やけんね!○○くんっ。』
そう言うと、
また歩き出して視界から消えていった彼女。
(に、認知されてたっ……!?)
僕の名前が推しに覚えられていた事実と
今日あった衝撃的な出来事のせいで
夜ご飯は全く味がしなかった。
それからというものの、
あの日起きた出来事は夢だったかのように
着々と卒業に向かって段階だけが進んでいく。
気付けば、
仮免許も取り終え卒業検定まであと少し。
あの日から彼女を見かける事はあれど、
話すなんて事は出来なかった。
本当は聞きたい事も、
話したい事も、山ほどあるのに。
でも、
向こうもプライベートだしなぁ…なんて。
午前中に組まれていたスケジュールを終え、
手元に残ったのは幾許かの空き時間。
気分転換にどこかお昼でも食べに行こうと
僕はあてもなく知らぬ街を彷徨う事にした。
田舎道で心地よい風を浴びながら
何軒かのコンビニと飲食店を通り過ぎ、ふと目にしたのは回転寿司。
これ以上進んでもな…
という気持ちと空腹に負けて店に入ろうと決めた瞬間。
"トントンっ。"
と肩を叩かれた。
『やっほー。君も…ここ?』
そこには。
ずっと、会いたかった人。
肩にかかる黒髪を靡かせながら、微笑んでいて。
そのまま僕は、
連れられるようにして店の中へ。
『なにボーっとしてるの?』
「い、いや…また話せると思ってなくて…」
『○○くん一緒になった時、
チラチラ見てたのバレてるけんね?』
『⋯ずっと待っとったのに。』
「それはごめんなさいっ……
僕なんかがまた話しかけて良いのかなぁって…」
「プライベートなのにただのファンが邪魔しても…とか、色々考えちゃって…」
『○○くんなりに考えとったんやね。』
『⋯でも寂しかった!
あとミーグリの時はタメ口なのに会ってからずっと敬語なんも嫌やけんっ…』
"やけん、罰としてお寿司奢り!"
目の前でいたずらっぽく笑ってみせる彼女。
気付けば、目の前に沢山積み上げられていくお皿の数々。
財布の中が心配だけれど、
それ以上に今起きているこの状況が幸せで。
『ね、○○くん。』
ふと彼女は、湯呑みに口を付けながら
小声で呟くように名前を。
『⋯本当は、
こうやってファンの人と居たら駄目なんよ…』
「そう…ですよね…」
ぎゅっと胸が締め付ける感覚。
どこまで行っても、彼女はアイドルで僕はファン。
きっとこの時間が終われば元通り。
⋯そう思っていた。
『⋯でもね。
○○くんと話してるとミーグリの時も、
こうして会って話してる時も幸せって思うの。』
その言葉に驚いて彼女の方を見ると、
真っ直ぐに、真剣な瞳をしていて。

"あのさ…また君と二人で会えるかな?"
ハンドルを握り、車を走らせる。
いつの間にか若葉マークを付ける理由も無くなってしまった。
"今日はどこ連れてってくれると?"
僕の左側に座って楽しそうに笑う彼女。
あの後、連絡先を交換して
運転練習と称して定期的に二人で会う日々。
曖昧な関係はひかるの方から、
"○○…もう付き合おっか。"
と、男としては情けない展開で終わりを告げた。
ただ免許を取りに行っただけなのに。
こんな事になるなんて。
今でも夢なんじゃないかなんて思ったりもする。
「⋯今日はそうだなぁ、海ほたるとかはどう?」
『最っ高。えへへっ、楽しみ〜っ!』
「ちゃんと変装してっ……
⋯って、もう大丈夫だったね。」
『うん。もう隠す必要ないけん。
○○といっぱい写真撮る。』
「もちろんっ。」
何が正解かなんて分からないけれど、
永遠に彼女だけが僕の推しだから。
そんな彼女を。
ひかるを。
ずっと幸せにしていたいから。
「⋯これから先も
ひかると何処までも一緒に居たいな。」
『⋯うんっ。
ひかの隣は○○だけって…決まってるけん。』

『帰りは私が運転するから…隣座ってね?』
end.