スターバックスと謎の男女とシュミテクト
夏のある日、私はスタバで本を読んでいた。何の本を読んでいたかは思い出せない。
隣の席でお茶休憩をされていたおばさま方が帰られた後、その席に若い男女が座った。
30代手前くらいの綺麗なお姉さん風の女性と、ちょっとやんちゃそうな25歳くらいの男性。私は本からチラリと目を上げて彼らを見た。カップルかな、でもなんかファッションの系統が違うな、とか思った気がする。
和やかにお互いに敬語で話し、とくに色恋が発生しているような雰囲気でもない。
カップルではないが、ふたりでスタバに入るくらいの仲というのってどれくらいの距離感なんだろうみたいなことを考えてしまって、わたしは読書に身が入らなくなっていた。おいこら、盗み聞きはいかんぞいと思い、呼吸を整えてもう一度この章を読みなおそうとページをめくった。
「駅前のおひさま歯科がおすすめっす!」
おいおい兄さん、ずいぶん可愛い固有名詞だしてくるじゃないか。思わず横を見てしまいそうになるのをこらえて私は目を見開いて本を凝視する。
「そうなんだー、そこ私も行ってみようと思ってたのー。歯医者さんで何してるの?ホワイトニングとかしてる?歯、綺麗だなーってずっと思ってたのー」
「や、歯医者では歯石取ったりしてるだけっす。ホワイトニングはしてないっす、おれずっとシュミテクト使ってるんで!」
「えーそうなんだーすごーい!シュミテクトいいんだー。」
「シュミテクトまじ良いっす!俺、ホワイトニングタイプずっと使ってんすよ」
おひさま歯科に通っているといった彼は、松崎しげるを6倍希釈したような日焼けした肌と白い歯が印象的だった。説得力がある。
シュミテクトの話を終えると、その男女はあっさりと帰って行った。それぞれ次の予定があるとかで、別にデートの途中で寄ったというわけでもなさそうだった。
急に静かになった店内でコーヒーを飲みながら、たしかにコーヒーの着色汚れは気になるなと思った。帰り道でドラッグストアにいってシュミテクトのホワイトニングタイプを買おうと思った。
読書はあまり進まなかった。
歯を磨こうとシュミテクトを手に取る度に、あの二人はカップルだったのかなあと、心底ほんとうにどうでも良いことを考えてしまう。