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歌口チューニングについて

退職後まずは問題のある頭部管の不具合を直すことを仕事にしていました。在職中にも知り合いから相談を受けることがあり、問題のある頭部管の存在とその不具合を手直しするとかなり改善されることは経験していました。

フルートの頭部管というのは楽器全体の性能に非常に大きな影響を及ぼします。それ故に頭部管だけを交換して使用することも良くあります。

本体でしたらキーの動きやパッドの不具合という形ではっきりと良否の判断基準が存在しますが、困ったことに頭部管(歌口)にははっきりした良否の基準というものがほとんどありません。どのような状態でも個性や特色として捉えられ、それこそ不良品と言って良いようなものまでが商品として流通していることすらあります。もちろん「吹き易い」「鳴らし難い」という違いは存在するのですが、吹き手によってその判断すら逆転します。ですのでいろいろとトラブルや問題が生じるのです。

ホームページを立ち上げて作業内容を公開する形で紹介していたのですが、問い合わせは結構ありました。2013年から2018年の6年間で約160本の頭部管チューニングを行いました。その中である程度ノウハウも蓄積され自信に近いものも生まれたのですが、作業にあたってはいつまでも緊張して依頼者からの感想が届くまでは不安でした。

扱ったメーカー毎に作業内容をまとめたページのリンクを載せたので興味のある方はご覧ください。(作業日記 には年別の記録があります))

私の中では頭部管の状態の良否の基準を設けていましたし、目に見える原因がある場合に限りその個所を修正することで問題を改善できると考えていました。先入観で判断してしまうのを防ぐ為に、必ず最初に吹いて判断することを心掛け、たとえ見た目に気になる部分があっても吹いて問題が無い場合には手を入れないことにしていました。また依頼の内容、即ち問題とする不具合を同様に感じられるかという確認も重視しました。そのためにメールでのやりとりにも結構時間を掛けていました。

当初はあまりに酷い状態の頭部管が平気で流通していることに驚き、メーカーや販売する楽器店に対する憤りを感じていました。

同時に演奏家を含めてユーザーのメーカーに対する盲信ともいえる信頼の強さにも驚かされました。技術的問題に因る形状の不具合や仕上げのまずさによるキズひとつにしても「きっと何かの意図を持ってメーカーはこのようにしているに違いない」と捉えてしまうのですから・・

確かにフルートを吹くことに習熟した演奏家の方々は、それぞれの楽器の特性に合わせた吹き方をつかんで対応できるので「これもありじゃない?」ということにもなります。私自身もそのように判断がぶれることがあるので、基準となるリファレンスの楽器と比較して最終的に判断することを心掛けています。

そうやって自分の好みに合った楽器を選択できる方ならば良いのですが、それ程自信のない方にとっては困った状況に陥ることになります。過去に相談を受けた殆どの場合が

自分の吹き方が悪いのだと思いますが・・もしかすると頭部管に何か不具合があるのではないかと思い・・・

というように自信はないものの何か不具合を感じて困っているという内容でした。中には教室の先生に選定してもらった楽器なのでまさか・・とは思いつつも困り果てて相談されてきた例もあります。

しかも世の中には

最初から簡単に鳴るよりも吹き込むにしたがって良く鳴るようになるのが良い楽器
高級で高価な楽器ほど吹きこなすのが難しいので良い楽器ほど吹き手の技量が求められる

といった眉唾ものの怪しい評価が流布していますし、楽器店の方までがそのような説明をすることもあるようです。ですので上手く吹けないのは自分に非があるのだと考えてしまうのは当然ですね。

しかしながら相談を受けた頭部管を確認すると、同様の不具合を感じて何かしらの問題のあるものが殆どでした。このことから、もしかすると初心者の方が楽器の良し悪しをより正しく感知できるのでは?とさえ考えるようになりました。

では何故最初の選択を誤ってしまうのでしょう?

先生や楽器店員にすすめられた

有名なメーカー製でしかも値段も高い

というように自分の判断ではない場合に起こりがちです。すべての付帯条項に目隠しをして自身が感じるままに選択をすれば結果は変わるかもしれません。

それから、これはある程度吹ける方にも当てはまるのですが、音(音色)にこだわるあまり楽器としての基本的性能を無視して判断を誤ってしまう場合です。

表現したいイメージを思い通りに伝えることができることが理想的な楽器の条件ではないでしょうか?材質や形状によって特有の音色が存在するのは確かです。しかしそれ以上に音色は奏者によって作り出されるものだと思います。この辺は「楽器の選定について」と題して既述していますのでこちらをご覧ください。

自分で頭部管の製作を始めるようになりチューニング作業も基本的には行わないことにしました。

そもそも製品の不具合はメーカーに相談するのが当然ですし、楽器を選んで買った側にも少なからず責任があるのも事実です。その間で神経をすり減らして対処することに疲れてしまった・・正直言って面倒くさくなったのが本音です。

ここ数年の間に新しい楽器の品質はさらに向上している様に感じます。それからオーケストラの中でも一時より銀の楽器が目立つようになり、金でなければ・・という風潮が少しでも治まるのは良い傾向だと思っています。

自分の作った頭部管は気に入ってもらえれば売れるしそうでなければ売れ残る・・というごく当たり前の評価を受けます。その中であくまでも自分が作りたいものを提示していこうと思います。


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