カクヨムの ♯短編賞創作フェス タグ、お題「秘密」参加用に書いたやつです。 *** 「長谷川社長! 西崎さん! おはようございます」 目が合うなり頭を下げると、丁寧な返礼と挨拶が帰ってきた。思わず駆け足で寄っていく。 今日はいい日に違いない。自分が所属する営業部には、この両名に朝一で会えるとその日の仕事がうまくいく、というジンクスがあるのだ。 「成瀬さんは今日もお元気そうですね」 貴方の調子がよさそうだと安心します、と社長は目尻に皺を寄せ優しく目を細めた。 その隣
カクヨムの ♯短編賞創作フェス タグ、お題「危機一髪」参加用に書いたやつです。 過去に書いた『日々これ、よき日』の登場人物を使いまわしました。 *** 当面の危機は去った。 地球に向かっていた人類観測史上最大級の隕石は、先々月なぜか真っ二つに割れ、ギリギリ当たらない軌道に乗ったらしい。 ――いやそんなことあんの?? というのが、俺の率直な感想だった。 めでたいには違いないが、とはいえ割れた際に新たに生まれた破片は数え切れぬほど存在する。破片と言われるとあま
*** 「おはよ。なんかバス遅れてるっぽいよ。よかったね、今日は間に合って」 「やっぱ日頃の行いがいいからかなー」 「なに言ってんの」 ふざけた言葉を述べながら列の最後尾、同じマンションの階違いに住む幼馴染の隣に並んだ。大口を開けて冷気を受け止めるのが嫌で、あくびを噛み殺す。 この寒い中、幼馴染は当たり前のように生足でスカートを履いているからビビる。以前に「ひぇ~、寒くないの? 見てるこっちが寒いんだけど」と告げたら、「寒いに決まってるじゃん。文句つけるくらいなら見な
※カクヨムの『「5分で読書」短編小説コンテスト2022」』参加 (600~4000字以内/お題「5分で解決探偵、あらわる(ミステリー)」) ※短話連作ぽくなったのでいくつか続きます ・#1 仙境に猫 は こちら ・#2 春風に雷鳴 は こちら ・#3 黄昏に老猫 は こちら ・#4 日常に花栞 は こちら *** 猫がソワソワしだすと、あぁそろそろ来る時間かと思う。 数匹の猫が、素知らぬ顔をして玄関で待機していた。熱烈なファンよろしく側を離れない癖に、待っていないか
カクヨムKAC2022に参加したやつです (600~4000字以内/お題「日記」) ※短話連作ぽくなったのでいくつか続きます ・#1 仙境に猫 は こちら ・#2 春風に雷鳴 は こちら ・#3 黄昏に老猫 は こちら ・#5 青嵐に氷菓 は こちら *** 「ダイチくん、これ」 掲げられた冊子を見て、やっぱダメですかね……と情けない声が出た。ダメだね、と冷静な声が返ってきた。 「これじゃただの日記だ。業務日誌なんだから、業務の記録をしてくれないと」 最もな指摘であ
カクヨムKAC2022に参加したやつです (600~4000字以内/お題「真夜中」) ※短話連作ぽくなったのでいくつか続きます ・#1 仙境に猫 は こちら ・#2 春風に雷鳴 は こちら *** 小学生の時の話だ。 母に頼まれ、スーパーへお使いに行った帰りだった。雨の中、傘をさして水溜まりを踏み歩いていたら、路地でズブ濡れになり動けなくなっている仔猫を見つけたのだ。慌てて抱き上げ、記憶にあった近所の動物病院へと走った。 その先は、憧れとの出会いだった。 人に
カクヨムKAC2022に参加したやつです (600~4000字以内/お題「猫の手を借りた結果」) ※短話連作ぽくなったのでいくつか続きます ・#1 仙境に猫 は こちら *** 布団こね職人の朝は早い――。 毎朝食事を出すはずの、二足歩行のアイツの目覚めが遅いからだ。 くるまっている布団をこねやったくらいで、起きることは稀だ。耳をつつくか甘噛みすると、悲鳴を上げてようやく起き出す。 ――よし、見本を見せてやろう。そこで待っていろ。 ベッドの端から顔を突っ込
カクヨムKAC2022に参加したやつです (600~4000字以内/お題「私だけのヒーロー」) ※短話連作ぽくなったのでいくつか続きます *** 最初は、魔女っ子に憧れた。 幼少期にTVでやっていた子供向けアニメで、少女は異世界から来た小さな精霊に頼まれ、こちらの世界とその精霊の世界の二つを守りぬく使命を与るのだ。 魔法と優しさで、陰ながらみんなを救う姿に憧れた。 その次はアイドルだった。 華やかな衣装を身に纏い歌い踊り、常に笑顔を忘れないその姿に勇気をもらっ
カクヨムKAC2022に参加したやつです (600~4000字以内/お題「出会いと別れ」) ※暴力などの表現があるので、念のため苦手な方はご注意を。 *** 耳鳴りの聴こえてきそうな、静かな夜だった。 周囲は真っ暗で、光源となるものは俺が持ってきた懐中電灯が一つだけだ。いまその懐中電灯は土の上に転がっている。他に明かりはなにもない。 ここはド田舎の山奥の、もっとずっと奥の奥。ニュースで”地域住民すら通らない”などと形容されるような場所だ。 ――なんでこんなことに
カクヨムKAC2022に参加したやつです (600~4000字以内/お題「焼き鳥が登場する物語」) *** 「……どうでしょう?」 不安と期待の入り混じったその問いかけに、私は言葉を選びながら口の中で細切れになった麺を飲み込んだ。 「うん。美味しいです」 一瞬ホッとしたような顔を見せたが、ケロリと真顔になり口を開いた。 「普通でしょう?」 噎せそうになった。わかっているならそんなこと聞かないでほしい。 自分の顔に浮かべた笑みが、ぎこちなくなるのを感じた。 「え、美味し
カクヨムKAC2022に参加したやつです (600~4000字以内/お題「88歳」) *** 視界の先、窓の外はしんしんと雪が降り続いていた。 年を迎える1月直前、今日はいわゆる大晦日だ。 元旦生まれの古いばあさまの白寿のお祝いにと、久方ぶりに親族全員が集いついでに新年も祝う予定であったが、この古い大広間の壁を彩る布は紅白ではなく、急遽引っ張り出してきた黒白の喪の色であった。 黒と白の縦ストライプ、そして中庭の松に降り積もる雪が視界をモノクロに彩り、予定していた
カクヨムKAC2022に参加したやつです (600~4000字以内/お題「お笑い/コメディ」) *** 「面白いっていうのがよくわからないんだ」 と、そいつは言った。 おもむろに俺の隣へとやってきてそう口を開いたのは、委員長呼びがすっかり定着してしまった憐れなクラス委員であった。 昼休み、学校のベランダでボケッとうらぶれている時に、大して親しくもないクラスメイトにそんな申し開きをされるとは夢にも思うまい。 仲が悪い訳ではないが取り立てて良い訳でもなかったので、一人で
カクヨムKAC2022に参加したやつです (600~4000字以内/お題「第六感」) *** ”第六感”がある。 ……というと、なにやら格好いいイメージを持たれるかもしれない。 だが、天から授けられた”それ”が、万能とは限らないのだ。 小学生の時に発覚した私の第六感は、予知能力であった。 名前だけ聞けばカッコよさげな雰囲気だか、私のそれは”数秒先の光景がなんとなく脳裏に浮かぶ”という、ほぼ気のせいに等しい能力である。 見えるのはたったの数秒先だし、いつもいつ
カクヨムKAC2022に参加したやつです (600~4000字以内/お題「推し活」) *** 漫画やアニメは、子供が観るものだと思っていた。 ゲームは、子供がやるものだと思っていた。 そして、演劇は文化人ぶった人が観るものだと思っていた。 なのに何故、私はこんなところに来てしまったのか――……。 周りの熱気に押され、頬が熱を持ち胸が高揚していくのを感じていた。 遡ること数年前、私は人生に疲れていた。 人生だと少し大げさに言い過ぎなのかもしれない。ただ、
カクヨムKAC2022に参加したやつです (600~4000字以内/お題「二刀流」) *** 後ろから、ドタドタと騒々しい足音が迫ってきていた。 足音でわかる、これは間違いなくうちの親父である。 縁側で俺はため息を飲み込み、諦めて歩を止め振り返った。 「~~どんだけ踏みしめてんだよ、床抜けるぞ!」 親父は俺の言葉を無視した。 「今日こそ受け継いで貰うからな!」 「あーもー、まだ言ってんのかよ! いいってそんなの」 そんなのとはなんだ! と親父は肩を怒らせた。 「
カクヨムのお題企画に参加したやつです (お題「いい家の日」) *** ――妻は綺麗好きだ。 いわゆる新婚ほやほや、俺は幸せの真っただ中にある。 妻は俺の両親はもちろん、どんな客でもそつなくもてなせる親切で明るい女性だ。 掃除の行き届いた我が家は住みやすく、その家具の統一感たるや、訪れた友人知人たちに「モデルハウスみたいだ!」と羨ましがられるほどだった。 ――そう、俺だって自慢だったのだ。最初の頃は。 今日から、所用で妻は実家に帰っている。 お義父さん