白と黒
あれから1週間。
私はまだ、ずっとそのことについて考えていた。
唯一の同期であり、この職場で唯一同じ資格を持っている仲間の緊急事態。
悲痛な思いを途切れ途切れに、懸命に私達に伝えていた彼女の姿を目の当たりにした時、本当に何も考えられなかった。時がただ、過ぎていくのを感じた。
他のスタッフは彼女の姿や言葉に声を詰まらせ、泣いていた。
私は、本当は誰よりも取り乱していたしその場で泣き崩れてしまいそうな気持ちだったが、上を向いて必死に心を鎮めていた。だから、彼女が後半何を話していたか正直記憶が曖昧だった。その間も、誰かの鼻をすする音と迷惑をかけまいと出来る限り明るく振る舞おうとする彼女の姿だけははっきりと覚えている。
あの時泣かなかった理由は2つ。
私の性格ということもあるが私がそこで取り乱してしまったら彼女が安心して休めなくなってしまうと思ったからだ。
もう一つは、彼女以外でこの職場で資格を持ち、正社員として働く人間は私以外に居ないからである。この職場のスタッフを引っ張って行かなければいけない人間がこんな弱い姿を見せてどうする、と自分の尻を叩いていた。
仲間の異変に気付いていたにも関わらず、この現状を打破できなかった自分に無性に腹が立ち、家に帰って普段人前でめったに泣かない私が、初めて親の前で息が出来なくなるほど泣いた。
彼女はこの日を境に少し仕事から離ることになった。私はもちろんそれで良かったと思っているし、今でも元気に復帰してくれるのを変わらず待っている。
だが一つ、心配なことがある。
彼女は働いている時からもうすでに精神的に追い込まれていた。以前から色々と周りに言えないような自身の話を大学からの友人である私は聞いていたから。
休んで、良くなるなら何も心配する事はない。
だが休むことによって考える時間が増え、自分自身に向き合う時間が増えて自暴自棄になったりマイナスな方向に向かってしまわないか心配なのだ。
とても気配りができて優しい性格だからこそ、周りの人に迷惑をかけてしまっていると悩んでしまうのではないかと思う。
あるドラマで、
「休んで前向きになるやつなんか本当にいると思うか?やり直せる人間はそもそも立ち止まったりしないんだよ」という台詞があった。
その言葉が全ての人間の状況に当てはまるとは思わない。だが、どうしてもその言葉が耳にこびりついて離れなかった。
彼女はそうではないと、信じたい。
彼女が仕事を休むまでになってしまった原因の元を辿れば、この職場のトップの人間にある。
トップの人間も彼女の状況を、こうなる前に本人から聞いていた。それを黙認して、こうなるまでに職場の状況を何も変えようとしなかった。裏を返せば、スタッフに緊急事態が起こらないと何も行動しない人間なのだ。それが彼女のおかげで良く分かった。
今までもそうだったし今更言っても変わらないと思って、色々言いたいことがあってもどうにかこうにか自分を押し殺して頑張ってきた。
長く働くスタッフはトップの人間を何十年も見てきたからこそ、彼の性格を良く理解しているため諦めて何も言えずにいた。「経営者だし、雇って給料を払ってくれるから、言われたことを黙ってやらないと」という経営者至上主義のスタッフも居た。
2人の意見はとても分かる。
分かるが、言っても何もしてくれないからと思って何も意見せずに彼のやり方を黙認してきてしまったのは私たちだ。
経営者だからだといって、間違っていると思うことも言われるがままに行動するのは違うと私は思う。今までトップに不満を持ってここを辞めた人間が沢山いること、そして今回、精神をすり減らしながら働いて休まなくてはならない状態になってしまった同期を見て、この状態を見過ごすわけにはいかない。
職場は、スタッフ皆の力があってこそ回るのだ。「チーム医療」という言葉がある通り、医療現場は皆がチームになって協力し合わなければならない。
トップだけの力ではない。
スタッフは言うことを聞く奴隷でもない。
いつでも何かあった時、動くのはトップではなく私達スタッフだった。
トップの指示を聞いて行動しなければならないのは分かるが、おかしいと思うことに関して何か意見を言うのは、歯向かっているのではなく職場を良くするために必要なことだ。
家族でさえ相手が何を考えているのか分からないことがあるのに、職場だけの赤の他人の気持ちなど言葉を交わして伝え合わないと分かることも分からないのは当然だ。
「諦め」は大人の対応ではない。
ただの現実逃避であり、何の解決にもならない。
結局不満は溜まっていく、積りに積もったその末路が私の同期だ。誰も何も言わず、行動せずこれまでの現状を甘やかしていた結果だ。
話し合いをしてやっと、一人ひとりがその問題に向き合うことができる。
面倒なことから避けているだけじゃ前に進まない。
私はスタッフ最年少であるが唯一の正社員であり、有資格者だ。そして、彼女と唯一の友人である。
この腐った職場環境を変えようと行動を起こせるのは、きっと私しかいないのだ。
見るに耐え難い彼女の姿に直面して次の日にはもう私はこの職場の、トップの問題を提起し始めていた。なんとか話せる状態にいる彼女と話し、どうしても彼に直して欲しいところなどメモを取り、徹夜で清書し提出した。
口頭だけじゃなくちゃんと内容を書いた紙を提出したのには理由があった。
以前彼女の事について話した際に、メモを取っているフリをして何も書いていなかったのを見たことがあったからだ。
私は話し合った今でも彼を信用していないが、それでも変わってもらえるように、私達スタッフが日々何を思っているのか分かってもらえるようめげずに伝えていこうと思う。
そして、思ったことを直接言えないスタッフのためにも私がツーカーになり、同期と同じことにならないよう話を聞いてあげたい。
私は今回のことで「死」というものときちんと向き合うことができた気がする。
その行動を取ろうとした背景にはどんな気持ちが隠されていて、どんなに近くにいようが根底にある部分は本人以外の誰にも分からないこと。
自分の考えていたことがどれだけ綺麗事だったかということがよく分かった。
私はこれから強くならなければならない。
信頼してくれる人達の後ろ盾になれるように。
このnoteは、私の決意表明である。
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