『パン種とたまご姫』の考察:ただそこにいること

存在だけで十分だったのだ。

たまご姫はパン種と出会って、重労働を強いられていたバーバヤーガの支配下から抜け出すことを決意する。
パン種はたまご姫に特別何か働きかけるわけでも、自ら行動するわけでもない。
ただそこにいるだけである。
外に行きたいのかもわからない。意思も感情も希薄である。
しかしたまご姫に連れられて、手を引っ張られ、引きずられるようにして、外へと逃亡する。
パン種は白くてやわらかい。
ぐにょぐにょしながら連れて行かれる。
完全に受け身である。
一方たまご姫は勇敢である。
バーバヤーガの目を掻い潜って、荷車の車輪に扮したり、工夫をこらしながら町を突き進んでいく。
しかしついにバーバヤーガに見つかり、パン種はかまどに入れられて焼かれてしまう。
かまどの中で、パン種は茶色く膨らんでいく。
これまでのぐにょぐにょした感じはなく、膨らんではっきりとした形状を有していく。
アイデンティティであった鼻のりんごも残酷にへしゃげて形を変える。
パン種はここで終わってしまうのだろうか。
もう生きかえることはないのだろうか。
そんな不安が込み上げる。
しかしパン種は立ち上がる。
自らかまどを開けて、バーバヤーガの前に立ちはだかる。
堂々たる振る舞いである。
そしてたまご姫を優しく包み、肩に乗せる。
バーバヤーガは怒るが、パン種は自分の胸の部分のパンを引きちぎって彼女に渡す。
バーバヤーガは呆れてその場を去り、一連の様子を見ていた民衆は歓喜の声をあげる。
パン種は肩に乗せたたまご姫とともに、道を歩いていく。
そこに以前の受け身で自己が希薄だった彼の姿はない。
自分の想いを持って、意志を持って、行動している。
その様子は民衆を触発する。

パン種という存在。
ただそこに仲間としているということ。
そこから全ては始まった。

パン種の存在がたまご姫を触発し、外に出る勇気をもたらした。
バーバヤーガの支配に抵抗することを決意させた。
その勇気と決意は、受動的で自己が希薄だったパン種を触発した。
たまご姫に連れられているだけだった彼は、繋いだたまご姫の手から何かを受け取っていた。
たまご姫の触発が彼に変化をもたらした。彼は自分の意志を持ち、自分の足で立った。
そしてバーバーヤーガに優しく強く向き合った。
その姿は民衆を触発した。
民衆はそれぞれ希望のようなエネルギーを受け取った。
パン種の存在がたまご姫を触発し、今度はそのエネルギーがたまご姫からパン種に浸透し、パン種の振る舞いはやがて民衆に影響を及ぼした。
触発の連鎖が起こり、エネルギーが波及していったのである。

始まりはただそこにいることである。
自分とともに在ってくれること。
そのことが実は重要なのだ。
そこから自分の道が拓かれるのだ。

私にとってのパン種は、大学の友人であり彼氏だった。
そこにいてくれたこと。
それで私は変わっていったのだと思う。
みんながみんな、特別何かしてくれようとしたわけではない。
ただその存在が私を触発し、変化させ、救っていったのだ。


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