南風COFFEEという稀有な存在。
神奈川県三浦郡菊名町。三浦海岸沿いにそのカフェはある。東京からは車で約2時間。横浜からでも1時間と少し。京浜急行の終点の一つ手前、三浦海岸からも海沿いに歩いて15分ほどかかる。正直不便な場所にある。佇まいも流行りのものではない。店前の電球街灯がその古さを物語る。でも、この上なく心地よいのだ。なぜか。なぜだろう。
天気がいい日にはこのカフェに行くには車よりも電車と徒歩で向かうことをおすすめしたい。横須賀中央駅から先は一気に都会感は薄れる、そんな赤い電車に乗って三浦海岸駅からの徒歩が楽しい。天気がいい日は駅から海岸側に向かって歩き始めると左側にある肉屋さんで揚げたてのコロッケを買い求めて浜風に吹かれながら海岸沿いを歩く。
湘南海岸のような今っぽさはない。時期によっては三浦大根が無数に干され海岸には馬も歩く。海の向こうには房総半島も見える。
徒歩15分はあっという間にすぎる。店構えがあまりにも周りの景色に溶け込んでしまっているので、うっかりすると見逃してしまうかもしれない。そう、この南風cofeeというのは三浦海岸そのものなのだ。
店の中も広くない。6人も入ればいっぱいだ。マスターも決して「お待ちください」とは言わない。お客に無駄な時間を過ごしてほしくないという気持ちからだ。
南風のマスターは某所にある、その道では有名なカフェで修業をしている。
そのカフェのオーナーは別の道を極めた方だが、決して悠々自適にこのカフェをやっているわけではない。
「お客様から御代金を頂戴する以上、それは事業となるが自分にとっては金儲けの手段ではない。質の高い豆を選び、真面目な淹れ方を崩さず、さらにリーズナブルな料金で提供する。そのポリシーをずっと守っています」
南風のマスターはそんなオーナーに鍛えられた。だからCoffeeが抜群に美味い。でも彼は「敢えて」師匠たる方の豆や淹れ方すらも同じものを踏襲してはいない。自分の味と自分にしかできない空間を目指している。だからマスターにとってのゴールはまだ遠い遠い遥かなる先にある。長い道の途中なのだ。
涼しい顔をしているがマスターは相当頑固者だ。でも、決して客が欲している空間の邪魔はしない。できるだけ介入しない。出されるのは一杯一杯丁寧に淹れてくれる、その場を助演するコーヒーだけだ。
だから心地いいのだ。
そして、このカフェの醍醐味は夕暮れ時に現れる。海から続く空が、その青からゆっくりとオレンジにかわり闇に包まれ、やがて星が瞬く。満月の時は海からまっすぐに店まで月光が光る。日常は完全に忘却の彼方だ。
南風COFFEEは日常ではない時間があたりまえのようにそっと提供される。そんな稀有な優しい存在なのだ。このカフェは。
*画像制作:Picturam (picturam.sky@gmail.com)