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書店員の本語り #1『人狼城の恐怖』についてつらつらと語るなど

このnoteでは、大垣書店が発行する『羅(うすもの)』をもっと身近に感じてもらえるような、さまざまな記事を発信していきます。

「うすい」本をつくる、「濃い」場所や棚、「アツい」人やアイデアをぜひ知ってください。

第1弾は大垣書店京都ファミリー店・店長の谷村貴士さんにエッセイを寄せていただきました。

ミステリ本の復刊プロジェクトにも自ら携わり、「大垣書店ミステリ館」の代表までも務める谷村さん。

大垣書店のミステリ担当を代表する谷村さんが語る、
ミステリならではの楽しみとは?
幻の「日本ミステリ最長の作品」とは?

ぜひご覧ください。



『人狼城の恐怖』についてつらつらと語るなど

人狼城の恐怖シリーズ

「ミステリ(≒推理小説)」とは少し特殊な小説形式だ。

その定義については過去に紛々たる議論がなされているが、この場では最大公約数的に「作中において提示される何らかの謎(殺人など犯罪行為に限らないところがミソである)に、合理的解決が与えられる過程を楽しむもの」として概ね問題はないだろう。
この定義上、ミステリは必ずある一定の段階で完結を迎えなくてはならない。
大河小説や伝奇ロマン、クトゥルフ神話などのように際限なく続いていく構造をそもそも取れないのである。

 星の数ほど存在するミステリ作品であるが、「世界最長のミステリ」とされる作品が実は本国に存在する。
「京極夏彦のどれかじゃないの?」と思う向きも多いだろうが、然にあらず。『人狼城の恐怖』(二階堂黎人 講談社文庫)がそれだ。
400字詰の原稿用紙にして4000枚を超え、4分冊の文庫本で2600ページ余りというから尋常な物量ではない。
ドイツとフランスの国境にまたがる双子の城、《人狼城》で巻き起こる酸鼻極まる猟奇連続殺人事件を両国の視点から丹念に描き(第一部 ドイツ編・第二部 フランス編)、探偵の登場によって提示される様々な推理の過程(第三部 探偵編)を経て衝撃の結末を迎える(第四部 完結編)という大ボリュームである。

 本作で探偵役を務めるのは、著者を代表するシリーズキャラクタ・二階堂蘭子である。
『人狼城』は彼女が活躍する5番目の長編なのだが、海外を舞台に取ったのは本作が初めてだ。
しかしながら、国内の前4作ではいずれも中世ヨーロッパを想起させる古色蒼然とした館が登場しており、1960年代という時代設定や時折顔を見せるオカルティズム趣味、衒学的要素などからシリーズ全体に漂うゴシック小説の雰囲気が、『人狼城』以前にすでに醸成されていた。
「満を持して」というわけでもないのだろうが、そんな中登場した本作はまさに中世ヨーロッパの古城を舞台にとり、濃密なゴシックロマンが全編に横溢している。
その様はシリーズの集大成であることは勿論、本国のミステリ史に一際大いなる威容を携えて聳え立つ大建築とも言えるだろう。

 冒頭に述べたように、ミステリとは暗黙の裡に読者に完結を約束する構造を持つ。
これほどまでに長大な《人狼城》への道のりを倦まずに走破することが可能なのは、必ずカタルシスに陶酔できる結末を迎えられると、我々が確信していることが大きいだろう。
いわゆる変人探偵の一種としての蘭子の性格や魅力的な謎の数々、巧妙なトリックと騙しのテクニックなど、著者の優れた手腕があってこそだということは言うまでもないが。

 さて、そんな『人狼城』であるが、惜しまれるべきことに事実上の絶版となっており、新刊で手に入れることができない状態が長く続いている。
手前味噌ながら、弊社では過去に『ビッグ・ボウの殺人』(イズレイル・ザングウィル ハヤカワ・ミステリ文庫)、『レオナルドのユダ』(服部まゆみ 角川文庫)、『ディプロトドンティア・マクロプス』(我孫子武丸 講談社文庫)の復刊に関わった経験がある。
いずれも当時、ミステリ界隈には好意的な声とともに迎えていただいた……と思う。
『人狼城』の復刊を希望する読書子の声が大きくなれば、あるいは……というところで紙幅をとっくにオーバーしてしまっているのでこの辺で筆を置こう。
ともあれ二階堂黎人はもう少し評価する声があっても良い作家だとは思う。
もう一つの代表作『水乃サトルシリーズ』ほか、是非手に取ってみてほしい。



書店員紹介

大垣書店 京都ファミリー店・店長
谷村貴士さん

京都府生まれ。滋賀大学経済学部卒業。大垣書店京都ファミリー店所属。2016年イズレイル・ザングウィル『ビッグ・ボウの殺人』(早川書房)と、服部まゆみ『レオナルドのユダ』(KADOKAWA)、2017年の『ディプロトドンティア・マクロプス』(講談社)の復刊企画に携わる。同年、講談社主催の新本格ミステリ30周年記念の一環として行われた、新本格ミステリ作家のトークイベントやブックカバープレゼントフェアを主導するなど、店内外を問わず企画多数。年間読破ミステリは150冊程度。好きな館は、霧越邸、斜め屋敷、人狼城。叙述トリックに目がない。

X(旧Twitter)ではミステリ館の支配人として、ミステリな話題を発信されています。
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関連書籍


『人狼城の恐怖』(講談社文庫)二階堂 黎人/著
定価:1,026円(税込)
『ビッグ・ボウの殺人』(ハヤカワ・ミステリ文庫)イズレイル ザングウィル /著,  吉田 誠一/訳
定価:814円(税込)
『レオナルドのユダ』(角川文庫)服部 まゆみ/著, 鈴木一誌/デザイン
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『ディプロトドンティア・マクロプス』(講談社文庫)我孫子武丸/著
定価:545円(税込)

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名探偵水乃サトルシリーズ

『名探偵水乃サトルの大冒険』(講談社文庫)
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『軽井沢マジック』(講談社文庫)
二階堂 黎人/著
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