禍話リライト「蛟橋(みずちばし)」【怪談手帖】
親族の古い知人にあたるBさんという方の語り。
彼が子供のころ住んでいた地域には、あまり人の手の入っていない川が流れていたのだが、普段使われている橋とは別に、上流の方に小さな橋が一つあった。
橋といってもほとんど丸木橋のようなもので、泥にまみれ草や苔などが生え放題で、表面がほとんど見えない有様だった。
架け渡されている場所もさして川原が広いわけではなく、渡った先には森と山しかないのでほとんど誰も使っていなかった。
そもそも誰が架け渡した物かも不明で、橋の名前も一応あったはずだが覚えていないという。
ただ、その橋の下で大して水深もない場所にも関わらず、溺れて死ぬ者が数年に一人ほどの頻度で出ていた。
死者はわざわざその橋を使う必要がない者ばかりで、なぜそこに行ったのかもよく分からないことが多かった。
そういう理由もあって、上流の橋は住民から忌避されており、子供達も「近づくな」と戒められていた。
しかしある時、数十年に一度という大雨に見舞われ川の水位が上がった際、「あの曰く付きの橋はどうなったのだろう」と、好奇心旺盛な友人が言い出した。
Bさんはあまり乗り気ではなかったが、強く誘われたこともあり、雨が上がった頃合いを見計らって、大人の目を盗んで二人で様子を見に行ったのだという。
───橋は流されていなかった。
ただ、増水した流れに激しく洗われて、長くこびり付いていた泥や苔はすっかり剥がれ落ちていた。
「それがねえ、信じてもらえないかもしれないけど…どう見てもあれは…蛇の腹だったんだよね」
記憶が確かならば、鱗のような模様もあったはずだとBさんは振り返る。
激しい流れの音に晒されている、明らかに木ではない青白くヌラヌラとした物。
そんな物が川の端から端へと渡されている。
正確にはその両端はしっかりと土の中へと潜りこんでいる。
その時、友人が「あっ!」と声を上げた。
彼が指差す先、泡立つ川面からゆっくりと大きな、顔のような物が出てくるところだった。
ショックのあまり細かいことはあまり覚えていないそうだが、記憶によれば蛇と赤ん坊の顔を半々で混ぜ合わせたような、異様な面をしていたという。
その下には───これも記憶が曖昧なのだが───首なのか胴体なのか判然としない、青白い長い物が続いている。
Bさんは、図鑑で見た首長竜の絵を連想した。
そんな物が川面から鎌首をもたげているようだった。
食い入るように凝視する彼らの前で、それはボソボソと聞き取りにくい声で何事かを呟いた、呟いたはずだとBさんは言った。
「その時はだいぶ混乱していて…そいつの顔と同じように細かいところは憶えてなくて、どんなことを俺達に向かって呟いたのか…思い出せないんだけど……」
それを耳にした瞬間、凄まじい生理的嫌悪と吐き気に襲われて、後ずさろうとして尻餅をついた後、上手く立ち上がれず這うようにしてBさんは逃げた。
傍らに友人の姿が無く、一人で逃げてしまったことに気が付いたのは、家の近くまで来てからだったという。
後日、友人はあの場所で川に上半身を突っ込んだ姿で亡くなっているのが発見された。
その時あの橋がどんな様子だったのか、誰もBさんに教えてくれなかった。
ただ、友人は土地の有力者の息子だったこともあり、どうもそこから大掛かりな“川狩りのようなもの”が行われたのだという。
その後、恐る恐る上流の様子を見に行ったBさんは、あの場所から橋が、皆から橋と呼ばれていた物が無くなっていることを知った。
同時に、川の流れが澱んでそこら一帯に物凄い悪臭、生臭い魚が腐ったような臭いに満たされていることを。
その臭いは数日もしないうちに下流にまで広がり、それを巡って大人達の間ではかなりの揉め事があった様子だった。
しばらくして、大掛かりな清掃などによってある程度は解消されたものの、山からの清流はすっかり臭い川へと変わってしまった。
ブツ切りにされた蛇の体のような物が、川岸で大人達によって燃やされているのを見た、という噂がまことしやかに子供達の間で出回った。
Bさんはといえば、川狩りのあったと思しき日の夜から、床に着くとあの橋があった場所に立って川を眺める夢を見るようになった。
呆けたようにぼんやりと水面を眺める彼の目の前で、あの人のような顔の蛇が、あの日とまったく同じように川から出てくる。
しかし、鎌首をもたげてこちらを見やるその顔は、ずっと人間に近づいている。
「心なしかその顔が、死んだ友達に似ているような気がして……」
口元が動いているかどうかは、必死に意識しないようにしていたという。
それからしばらくBさんは同じ夢を見続けたが、夢を見る度に川から首をもたげていた顔は少しづつ色が悪くなり、どうやら腐っていくようだった。
眼が黒ずみ、頬が削げて、歯がむき出しになり、やがて骨に肉の名残がへばり付いたような物が川面からふらふらと突き出したのを最後に、奇妙な夢を見ることは無くなった。
「悲しいような…解放されたような気になって…でもそれが友達のことなのか、あの蛇の化け物のことなのか、頭の中でごちゃごちゃになってしまって…それが凄く気持ち悪いんだ、吐き気が込み上げるほどに……」
何年か後、彼の一家がその集落を引っ越すまで、川はずっと臭いままだったそうだ。
この記事は、毎週土曜日夜11時放送の猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス「禍話」から書き起こし・編集したものです。
禍話フロムビヨンド 第十五夜(2024/10/19)
「蛟橋(みずちばし)」は37:45ごろからになります。
『怪談手帖』について
禍話語り手、かあなっき氏の学生時代の後輩である余寒さんが、古今東西の妖怪(のようなもの)に関する体験談を蒐集し書き綴っている、その結晶が『怪談手帖』になります。
過去作品は、BOOTHにて販売されている『余寒の怪談帖』『余寒の怪談帖 二』又は各リライトをご参照ください。
電子版はいつでも購入可能です。
禍話放送分の他にも、未放送のものや書き下ろしも収録されています。
ご興味のある方はぜひ。
※「蛟橋(みずちばし)」については、まだ収録されていません。
余寒さんが『余寒の怪談帖 三』の作成に取り掛かっているとのことなので、楽しみに待ちましょう。
※11/28(木)夕方、Web漫画媒体「comicHOWL」で『怪談手帖』が原作の読み切り漫画『怪ヲトク教室』が公開されるとのことなのでチェックしてみてください。
参考サイト
禍話 簡易まとめWiki 様