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禍話リライト「とんぼ玉」【怪談手帖】

数十年前の夏の夜のこと。
当時小学生だったDさん達は、友達同士で連れ立って近所の墓地で「人魂狩り」を行ったのだという。
墓地といっても家のご先祖様が入るようなものではなく、所謂無縁仏を弔ったような所だった。
そこに、夜ごと人魂の群れが色とりどりの火で迷い出る。
いつのまにか、そんな噂が立つようになっていた。
たまたま近くを通って肝を冷やしたという酒屋のおやじの話を盗み聞くや、Dさんを含めた悪童達は次の日の晩には作戦を決行した。

家を抜け出した彼らは、手に手に虫取り網を持ち、名も無き墓所へと向かった。
そして、苔むした石が肩を並べ草も伸び放題となったその場所には、冷やかし半分だった彼等をして言葉を失わせるほど、本当にまったく噂通りの光景が広がっていた。
崩れかけた墓石の隙間や、饅頭のような土くれの陰から、朱色の、橙の、緑青の、薄紫の、あるいは真っ白の、数多の色をした火の玉が涌き出ては、糸のように細い尾を引きながら、しゅるしゅると其処らを飛び交っていた。
真夏の青黒い闇が、光の行き交うその場所だけ不気味な五彩に染まって、その光景はDさん曰く「賽の河原で花火で遊んだらこんな感じだろうな」と思ったという。
「蛍じゃないか」と誰かが言ったが、こんな蛍がいるはずないことも彼らはよく知っていた。
それからは半ば狂乱の様相であったという。
恐怖と興奮に呑まれ、彼らはがむしゃらに虫取り網を振り回した。
人魂の群れは面白いようによく取れた。
話に聞いていたように、網に捕らえてもまったく熱くはなかったが、籠へ放り込んでもしばらくちろちろと燃え続けていた。

彼らは無数の虫刺されも気にならない程の興奮のままに家へと戻った。
しかしながら、電灯の下で改めてみると、人魂と思って籠の中へ捕らえたものはすべて土に汚れたとんぼ玉───様々な絵や模様の入った小さなガラス玉───だったという。
米粒のように小さな紫陽花や金魚やクラゲやさざ波模様などが、指先程の針細工に封じられて、電気の光を寂しげに反射していた。
呆気にとられたDさん達が慌てて突いてみても、ガラス玉は再び火を発することはなく、まるであの場所で見た光景自体が夢であったかのような……そんな風に思われたそうだ。

結局、夜中に無断で家を抜け出したうえに無縁仏を荒らした廉で、彼らは大人達から大目玉を食らった。
とんぼ玉は昔ここらでよく売られていて、飾りや遊びに用いられていたということも、その時に初めて聞かされた。
たっぷりと油を絞られた後、Dさん達は昼の間に件の墓地へとお詫びの品を携えてとんぼ玉を返しに行った。
そろって頭を下げて謝ってからは特に何事もなく、この一件は少年時代の不思議な思い出として彼らの心に刻まれた───のだが。
一人だけ返しに行かなかった仲間がいた。

彼は、あの夜に飛び交っていたとんぼ玉の美しさにすっかり魅せられ、大人達には「返しに行った」と嘘をつき、ずっと隠し持っていたらしかった。
そして、Dさんの言葉を借りると「薄っすらと狂ってしまった」のだという。
明確におかしくなったというよりは、ふと家人が気が付くと軒の傍、風鈴の下に正座してガラス越しの夜の闇を見つめているような、そんな風だった。
やがて彼は学校を卒業した後、ほとんど無名の画家となった。
そして碌に飯も食わず

「なんにも見えない」

という不可解な言葉を連呼しながら、いくつかのよく分からない画を描き残した挙句、夭折してしまった。
途中で過去の出来事の因果に気が付いた家族によって様々なお祓いに連れて行かれたものの、まったく効果がなかったらしい。

後年、仲間内で集まって彼を偲んだというのだが、彼の繰り返していた言葉やお祓いについての話題に及んだ際、誰かがぽつりと言った。

「あいつ…とんぼ玉を呑んだんと違うか……」

その言葉を聞いて、Dさんは背中がぞっと粟立つような心地がしたという。




この記事は、毎週土曜日夜11時放送の猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス「禍話」から書き起こし・編集したものです。

禍話フロムビヨンド 第六夜(2024/8/10)
「とんぼ玉」は25:24ごろからになります。

『怪談手帖』について
禍話語り手であるかあなっき氏の学生時代の後輩の余寒さんが、古今東西の妖怪(のようなもの)に関する体験談を蒐集し書き綴っている、その結晶が『怪談手帖』になります。
過去作品は、BOOTHにて販売されている『余寒の怪談帖』『余寒の怪談帖 二』又は各リライトをご参照ください。

電子版はいつでも購入可能です。
禍話放送分の他にも、未放送のものや書き下ろしも収録されています。
ご興味のある方はぜひ。

※「とんぼ玉」については、まだ収録されていません。

参考サイト
禍話 簡易まとめWiki 様

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