禍話リライト「こわいでしょう」
体験者であるAさんが、学生時代に廃墟で体験した話。
その廃墟は、廃校になった学校の校舎だという。
山間に立つその学校では、大きな事故や災害で死者が多数出たというような話はない。
ただ、一人亡くなった人がいて、その死に方がひどく悲惨だったという曰くが曖昧に語られていた。
そして、その廃墟にはある噂があった。
”とにかく恐ろしいことが起こる”
何が起こるか分からないという、こちらも輪郭がぼやけた噂である。
血まみれの幽霊が追いかけてくる云々という凡庸な怪異が出現するパターンもあるにはあったが、いかにも作り話という感じで信じる者はいなかった。
具体的に何が起こるかは不明のまま、立ち入り禁止となった今でも綺麗に残る廃墟の存在も後押しして、得体の知れない噂だけが一人歩きしていた。
「だから、どんな恐ろしいことが起こるのか、俺たちで調べに行こう」
Aさんは地元の先輩であるBさんに半ば強制されるかたちで、検証という名の肝試しに連れて行かれることになった。
気乗りしないAさんだったが、唯一の救いは時間が昼の14時ごろだったことで
(先輩もさすがに夜行くのは怖いんだな)
と、とても口には出せないことを思いながら、Bさんを拾いに待ち合わせ場所へと向かった。
「今日はよろしくな!」
Bさんは見知らぬ女性を連れていた。
彼女というわけではないらしく、最近知り合って仲良くしている友達とのことだった。
Bさんは後部座席に乗り込むと、すぐに寝始めた。
初対面であるその女性、Cさんを助手席に乗せていたため、早速気まずい時間が流れる。
適当に世間話をして誤魔化しながら───彼女はAさんの話に対して「ねぇ~…」という相槌しか打たなかったという───なんとか目的地の廃墟に辿り着いた。
森閑とした雑木林の緑の合間にヌッと現れた白い建物。
立ち入り禁止となった校舎を視界に入れた途端、Aさんは嫌な感じを憶えた。
それは言語化できない、本能的な忌避感。
畏怖というべき得体の知れない恐怖が、昼間にも関わらず辺りに充満している。
「なんだここ…こっわ……」
寝起きのBさんも流石に何かを感じたようで、後部座席から降りるなり呟く。
Cさんも同様らしく、やはり「ねぇ~…」という相槌でBさんに同調する。
3人は場の空気に気圧されて、完全に委縮していた。
(もう検証は中止でいいんじゃないか?)
Aさんがそう思っていると
キィキィキィ
と自転車を漕ぐ音が聞こえてきた。
3人が振り返ると、近所の人らしい女性が自転車に乗って近付いてきた。
白い服装が緑の景色によく映えている。
女性は自転車を駐輪場と思しき場所へ停めると
「こんな所でどうしたんですか?まさか…肝試し、とか?」
と親しげに聞いてきた。
立場を考えて自分が対応するしかないと判断したAさんは
「まあ、そんな感じなんですけど、ご近所の方ですか?」
と返す。
その女性は年齢は中年のようだったが、溌溂としていて元気があるので服装が白いことも相まって若々しく感じた。
「なるほどね、私この学校の事務員だったんだけど、その関係で今でも見回りみたいなことしててね、見慣れない車があるからって調べにきたの」
Aさんは申し訳なく思い、素直に肝試しが目的であること、怖くてしり込みしていることを伝えた。
「みんなそう言うんだよね、特に何かがあるわけじゃないんだけど……」
女性が不思議そうにしていると
「これ、中入れるんですか?」
とBさんが会話に入って余計なことを口にした。
(迷惑だろ、常識的に考えて)
Aさんの心配を余所に、その女性は嫌な顔どころか笑顔のまま「自分が一緒なら問題ないだろう」とのことで、二つ返事で案内を買って出てくれた。
建物自体は綺麗に保たれているし、見回りを任されている人が帯同するのなら大丈夫そうだとBさんとCさんは女性に付いていくことになった。
女性の爽やかな笑顔とノリの良さで、恐怖心は大分緩和されたらしい。
「ただ、自分はどうしても入る気が起きなくて……」
Aさんは気分が優れないと適当な嘘で誤魔化して車に残ることにした。
3人の後ろ姿が笑い声とともに校舎の中へと消える。
(3人だし地元の人もいるし、心配ないだろ)
仮眠を取りながら3人を待つことにした。
Aさんが目を覚ますと、日が少し傾いてきていた。
ふと時計を確認すると、3人が校舎に入って2時間ほど経っている。
まだ戻ってきていないようだ。
少し長引き過ぎじゃないかと不安になったが、案内の女性が割と乗り気だったのを思い出した。
意外に盛り上がっているのかもしれない。
目覚ましついでに校舎の外周をぶらついていた彼は、女性が乗ってきた自転車の傍にきた。
(自転車で移動なんて元気だな)
などと思いながら自転車を何気なく眺めると、あることに気が付いた。
その自転車にはチェーンが無かった。
確かにあの女性はこれに乗ってきたはずだ。
しかし、どう見てもその自転車は乗れる状態ではない。
外れたチェーンは無造作に籠の中へ詰め込まれており
(あの人、隠す気ないんだ……)
と唐突に感じて悪寒が走った。
チェーン以外の部分もかなり古びているのか錆に覆われている。
どう考えても普通の人間ではない。
車へ戻りかけたところで、2人を置いていくわけにはいかないと思った彼は渋々踵を返し廃墟に足を踏み入れた。
日がさらに傾いたのか、校舎の中には影が広がり始めている。
「先輩!ヤバいっす!とにかくヤバいっす!!」
恐怖を誤魔化すために、校舎の入口で大声で叫ぶが返事がない。
自分一人だけ取り残されてしまったのだろうか。
孤独感が恐怖を増幅させる。
(誰か応えてくれ……!)
それでも諦めずに何度か呼びかけると、微かに人の声が聞こえてきた。
声の出所へ向かうと、階段の傍にBさんが倒れている。
耳や鼻から薄っすらと血を垂らしながら呻いていた。
「先輩!大丈夫すか!?」
Bさんは「うぅ…」と唸るばかりだが、意識はあるようだ。
服が大分汚れている。
この階段から転落したのだろうか。
階段を見上げると、踊り場に人影が見えた。
西日が差し込み逆光となっていて見えづらいが、どうやらCさんのようだ。
彼女がこちらに背を向けて立っている。
踊り場の端に立ち、今にも足を踏み外しそうなギリギリの状態だった。
危ないと声を掛ける間もなく
「へぇ~、それほんと嫌ですね~」
そう彼女が呟いた途端、倒れこんできた。
無我夢中で駆けだしたAさんが下敷きになる形で、彼女は階段を転げ落ちた。
体中に痛みを感じながら、「きっと先輩もこうして落ちたに違いない」と確信した。
一体何が起きているのか。
「おぉ~?」
その時、階段の上から奇妙な声が聞こえた。
「おぉ~……」
何かに驚いているような、わざとらしい声だった。
見上げると、踊り場の手すりの陰からあの白い服の女がこちらを覗いている。
その顔は、逆光でもはっきり見えるくらい満足そうな笑顔だった。
「ね、此処、こわいでしょう」
そこで彼の意識は途切れた。
次にAさんが気が付いた時には、辺りが騒がしくなっていた。
校舎の中を警察や消防の人が歩き回っている。
彼が目を覚ますと、近くにいた警察官が状況を説明してくれた。
どうやら気を失っている間に近所の人が「見慣れない車が廃校に停まっている」と通報したらしい。
それだけではなく、近所で伐採作業をしていた業者の人も心配して助けに来てくれたそうだ。
Bさんはすでに緊急搬送されており、先に目を覚ましたCさんが付き添っているという。
Aさんは比較的軽傷なため、救急車を待つ間に警察から事情聴取をされたのだが。
管理を任されているという女性に案内されたんです、という彼の主張に対して返ってきたのは「そんな人はいないんだよ」という言葉と、以下のような話だった。
今から数十年前、その学校が現役だった時代。
事務員に件の女性のような人がいたのだという。
やはり元気で溌溂としており、ノリも良く同僚や生徒から好かれていた。
ある時、彼女の家庭で大きな不幸があった、らしい。
どのような不幸だったかは知られていない。
というのも、彼女はその事をずっと隠して、職場では変わらず明るく振る舞っていたからだ。
しかし、それもついに限界がきた。
ある日、生徒が授業中にふと外を眺めた時のこと。
誰かが校庭を自転車でグルグルと回るように走っている。
「不審者がいる」と教師を呼んで確認すると、自転車に乗っているのはどうやら事務員の女性らしい。
確かに彼女は通勤に自転車を使っている。
しかし、一体なぜこんなことを。
校舎の窓から生徒や教師が覗いていることに気が付いた彼女は
「お~い、みんな~!」
と叫んで校舎に向かって手を振った。
皆が状況が飲み込めず顔を見合わせている中、誰かが「あ!」と叫んだ。
彼女は手に持っていた何かで自分の体を傷つけ始め、白い服が赤く染まり、やがて……。
詳細は省かれたが、おおよそこのような出来事があり、学校は移転しこの校舎は廃校となってしまった。
地元の大人たちは概要は知っているらしかったが、事件の内容が内容なので皆がそれとなく口を閉ざしたことと、学校の規模が小さかったこともあり、外部には曖昧な情報しか伝播していなかったらしい。
Aさんの証言に対して、「昼間でも出るんだなぁ」などと警察官や地元の人が驚いていたのが印象に残っているという。
搬送されたBさんは命に別状は無いものの、激しく転落したため後遺症が残る結果となってしまい、疎遠になった今でも杖を突いて歩く姿を時折見かけるという。
災難に巻き込まれる形となったCさんとはそれっきりで、その後のことは何も分からない。
Aさん自身その後は何事もなく過ごしているので、彼女もきっと無事だろうというのが彼の見解である。
ただ───
「今でも、手入れをしていない自転車のキィキィって音を聞くと…頭に浮かんでくるんです、赤錆だらけの自転車と女性の顔…あの笑顔が……」
現場となった廃墟はその後取り壊され、広い空地になっているそうだ。
祭りや大きなイベントの際に駐車場として使われるらしいのだが、今でも時折自転車の轍がグルグルと、空地を一周するように付いていることがあるのだという。
この記事は、毎週土曜日夜11時放送の猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス「禍話」から書き起こし・編集したものです。
ザ・禍話 第六夜(2020/04/18)
「こわいでしょう」は51:55ごろからになります。
YouTube版
参考サイト
禍話 簡易まとめWiki 様