魔法使いナンジャモンジャと空飛ぶバイオリン 4/7
4.シーラさんの魔法全書
3人はしょんぼり、手ぶらで<ナポリ>に帰ってきた。
ことの顛末を聞いて、シーラさんはいたく同情してくれた。
「それはひどいな! 同業者として恥ずかしいよ。この国の魔法使いがみんなそんなだと思わないでくれるとうれしいんだけど」
「はあ…せっかくここまで来たのになぁ」
ユマは力なく椅子に腰かけた。
「ボクに何かできることがあれば…」
シーラさんは一生懸命考えていたが、やがて
「ボクは魔法使いとしてあまり優秀な方じゃないから、君たちのバイオリンにかかった魔法を解く方法っていっても、すぐには思いつかない。でもうちに魔法全書があるからちょっと調べてみようと思うんだ。よかったらみんなも来ないか? 一緒に考えてくれると助かる」
「ほんと? ご親切にありがとう」
「うれしいー!」
「よし、じゃあ行こう」
シーラさんは3人を店の裏庭へ連れていった。
「え、裏庭?」
「ボクはいつもここに掃除機をとめておくんだ」
「掃除機?」
すると、けっこう大型の、何とも旧式な掃除機が目に留まった。
「いつもこれに乗ってくるんだよ」
「…ホウキじゃないんだ…」
リオナがつぶやいた。
「…ルンバとかじゃないんだ…」
ユマがつぶやいた。
「ああ…」シーラさんが気まずそうに言うそばから、黒いルンバがくるくる空中をまわりながら現れた。上には、黒猫がすまして乗っている。
「なるほど、ルンバは取られちゃってるのか…」
「どっちにしても!」シーラさんは強調した。「ボクはルンバは苦手なんだ! 小さくて乗りづらいし、飛びながらくるくる回るから目が回るんだ!」
「そうなのねー!」
「ああっ、でも君たちはどうしよう! 4人で掃除機に乗るのは無理だな。まずいな、困ったぞ」
「シーラさんちって遠いの?」
「いや、そんなでもない」
「じゃあ大丈夫よ、私たち歩いていくから、道教えてくれれば」
「それが、いつも空飛んでくるからあんまり歩いて来たことがなくて…」
「えっ、道分からないの? 自分ちなのに?」
「…すまん」
「大丈夫よ、私たちスマホあるから。住所だけ教えてくれれば」
「いや参ったな」シーラさんは力なく笑った。
「この調子じゃ、じきに魔法はいらなくなるな」
「まあまあ」
結局、ユマたちのスマホを頼りに、みんなで歩いてシーラさんのうちに向かうことになった。
掃除機と、黒猫を乗せたルンバは、地上1メートルくらいのところを浮かびながらあとからついてきた。
「へえー、この道がいちばん近いのか」シーラさんはしきりに感心している。
「いつも遠回りしてた」
「自分ちなのに…」リオナがつぶやく。
この町の建物はみんなカラフルだ。
シーラさんのアパートは淡いミントグリーンに塗られていた。窓辺にはピンクのゼラニウム。
「ごめんね、散らかってるけど」
「大丈夫大丈夫、こんなの散らかってるうちに入らないから」
「ナンジャモンジャのところとは大違いよ!」
「ああ…ああいうのとはあまり一緒にしないでほしいな…」
「そ、それはそうね、ごめんなさい!」
「コーラでいい?」
シーラさんはコップを人数分取り出すと、冷蔵庫を開けてコーラを注いだ。
「魔法使いも冷蔵庫使うんだ…」
「そりゃ、使うよ! 何だと思ってるの?!」
「さてと───」
シーラさんは分厚い魔法全書を出してきた。
「<バイオリンにかけられた魔法を解く方法>っていうのはなさそうだけど…何かしら、<元の状態に復元する系魔法>ってことだよね? ちょっとそのカテゴリで調べてみよう」
「お願い!」
「ぜひぜひ!」
「いや、君たちもいっしょに調べてよ。見てこの索引! 膨大すぎていつも迷子になるんだよ」
「迷子…」
「え、見ていいの?…って何?! これ何語?!」
「いや… ふつうに古代ルーン文字だけど」
「読めないから!」
「えっ? あ、そうか… ええっ…困ったな」
シーラさんは慌てている。ユマとリオナは顔を見合わせた。
「読み上げてくれれば…」
「ええと、そうだな…じゃあ、<なくした靴の片方を見つける魔法>」
「…それは違うと思う」
「じゃ、<なくした手袋の片方を見つける魔法>」
「それも違うかと…」
「よく片方なくすなー」
「…じゃこれは? <カエルに変えられた人を元に戻す魔法> ちょっと近いんじゃない?」
「いや、絶対違うでしょ」
「…<空飛ぶ洗濯釜を飛べなくする方法>」
「それナンジャモンジャの洗濯釜にかけてやれよ」
…
一時間後、4人は疲れ果てて床にひっくり返った。
索引があまりに膨大すぎた。シーラさんが迷子になるというのも、もっともだ。
「じゃあ、こうしない?」お茶を飲みながら、ユマが提案した。
「まあまあ近そうなのは、あったわけじゃない。ここはシーラさんのセンスに任せるから、効きそうな魔法を3つ4つ選んで、とりあえず全部かけてみたら? ほら、お医者さんだって、薬いちどに何種類か処方したりするじゃない。なんか相乗効果でうまくいくかもよ?」
そこでシーラさんは考え考え、魔法全書に何カ所か付箋を入れた。
それからコップを片づけてバイオリンがテーブルに載せられた。
そしてシーラさんは真剣な面持ちで、全神経を集中させて魔法の呪文を唱えた。
「ヤオヨロズ、ムコウミズ、イワシミズ、トリアエズビール!
エゾミミズ、ヒメミミズ、サカダッチーノ・トンボガエッリ!
テルテルボーズ、イノコリボーズ、イノベーション・ビーチボーイズ!」…
厳かな沈黙があった。
「…それで、いま何の魔法をかけたの?」
「ええと…」シーラさんは魔法全書を見直した。
「ポンプの柄が壊れたのを直す魔法と、傘がおちょこになったのを直す魔法と…」
「それ、魔法いる?」
ユマがつぶやいた。
「…あと、明日天気になる魔法」
付箋を確認して、シーラさんが言った。
「…戴冠式とかにはいいかも」
リオナがつぶやいた。
「…百年に一度くらいだけどね」
とユマ。
「それで、魔法が効いたかどうかはどうやって分かるのかな?」
ようやくブラウンさんが口をはさんだ。
「それは…」
リオナがシーラさんの顔を見た。
「弾いてみるしかないんじゃないの?」
「…うわあ、またスター楽器の人に怒られる!」
ブラウンさんは青くなった。
「弾いてみないと分からないでしょ!」
ユマがバイオリンをブラウンさんに渡した。
「大丈夫、私たちスマホで見てるから、夕方までにラ・フォンテーヌがトレンド入りしなければ…」
「またアイネクライネを弾いたら?」
「いや、あれはちょっと…トラウマだから…」
ブラウンさんは弓を取り上げると、恐る恐る弦に当てた。遠慮がちなユモレスクが流れ始めた。
ところが、5分もしないうちにブラウンさんのスマホが鳴った。
電話に出た途端にがなる声がひびき、彼はひえっと顔をしかめて耳から離した。
「あなた、またそのバイオリン弾きました? あれほどお願いしましたよね!」
すごい剣幕の、スター楽器の支配人だった。
「はあ…やっぱり飛んでます?」
「やっぱり飛んでます、じゃないですよ! また土台がミシミシいいだしたところです! 今すぐ弾くのをやめてください! さもないと…!」
ブラウンさんは二度目のトラウマを喰らうことになった。
シーラさんは可哀そうなくらい落ち込んでしまった。
「やっぱりダメだったか…どうせボクは何をやってもダメなんだ、昔から落ちこぼれで…」
「大丈夫大丈夫、あなたは精一杯やってくれたじゃない! ナンジャモンジャより百倍いいわよ!」
「そうよ、明日晴れる魔法は効くかもしれないし!」
ユマとリオナは懸命に慰めるはめになった。
「だからあいつを比較対象にするのやめてくれないか!」
「そうだった、ごめんなさいね」
「でも、何か方法があるはずよ」
気を取り直して、再びみんなでお茶を飲みながら、リオナが言い出した。
「魔法使いってそれぞれ専門分野があったりするんじゃない? 人間界と同じように。何か、物にかけられた呪いを解く専門の魔法使いとかっていないかしら」
「呪いを解く専門ねえ…」
「あ、ねえ、見てみて」
ナンジャモンジャのインスタのプロフィールを見ていたユマが言った。
「なんか色々書いてある…アブラカダブラ魔法大学校卒業…チチンプイプイ学の権威、テルモピュロイ・ドンブラコ=カンカンガクガク教授に師事…この人、ナンジャモンジャの師匠ってことよね? この人だったら、魔法、解けるんじゃないの?」
「アブラカダブラ魔法大学校…」
シーラさんがまたがっくりと頭を抱えている。
「どうしたの?」
「超超エリート校だ…くそっ、ナンジャモンジャってそんな優秀なやつだったのか…」
「へええ?」
「でも、自分のかけた魔法さえ解けないデクノボーよ」
「それより、このテルモピュロイ何とかさんっていう人、知ってる?」
「うん知ってる、名前だけは…有名だから…」
「そうなんだ。どこへ行ったら会えるんだろう」
「待って、今検索してる…あ、魔法学校はもう退官したみたいよ。現在は引退して、北ポルトガルのカステラ岬に住んでるらしい」
「北ポルトガルか…遠いな…」
「よし、そこへ行こう!」
シーラさんが、急に言い出した。
「このままじゃ終われない。君たちにも申し訳ない。一か八か、会って頼んでみよう」
「でも遠いなあ、ポルトガルよ!」
「遠かないさ、空飛んでいけばすぐだよ」
「そりゃ、あなたはそうでしょうけど、私たちは飛べないから…」
「いや、大丈夫! みんなで空飛んでいこう」
シーラさんは目を閉じると、やおら両手を振り上げて、厳かに唱えはじめた。
「ポポラーレ、ペスカトーレ、モデラート・カンタービレ!
ヘッダカブーレタ、アッチニイッタラ、コッチニキターラ!」
すると、3人の座っていたおんぼろソファがふわりと浮き上がった。
「えっ?」
そのまま、シーラさんは掃除機に飛び乗ると、
「よし、じゃあ、出発! しっかりつかまっていて!」
窓からほいっと飛び出した。
そのあとに、黒猫を乗せたルンバが続いた。
「えっ? えっ?」
戸惑っているうちに、3人を乗せたソファも窓から横向きにするりと滑り出した。
と思うと、ぐんぐん家並みを追い越して、シーラさんの掃除機を追って空高く飛び始めた。
「うわー! 飛んでるよー!」
「だっ、大丈夫かしら? あの人の魔法ではちょっと心配…」
「シーッ! 危なくなったらいつでも飛び降りられるようにしとけば大丈夫」
「えっ、無理…」
つづく→
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