赤ちゃんの好奇心・不安・葛藤・勇気
こんにちは、臼井隆志(@TakashiUSUI)です。普段は0~2歳の赤ちゃん+保護者向けワークショップの開発とファシリテーションをしています。ここでは「子どもの探索活動」をキーワードに子どもの認知・発達・振る舞いについてのリサーチ過程を公開していきます。
前回の記事では、赤ちゃんが世界の意味をどのように人から学ぶのかという話を書きました。大人が赤ちゃんに共感的に関わることで、赤ちゃんはその大人の見ている世界を見ようとしていきます。
この話は、赤ちゃんが「未知の他人」と馴染んでいく過程です。では、人ではなく赤ちゃんが「未知の物」に出会ったときにはどうなるのでしょうか。どのようにしてその物に馴染んでいくのかを考えてみます。
ピアジェの「均衡化」
ここで以前の記事で書いたジャン・ピアジェの登場です。彼の考え方に「均衡化」というものがあります。これは、知らないものを知るとき、一度心が「不均衡」になってから「均衡」を取り戻すプロセスのことです。
例えば、「生き物=動物」「植物は生き物じゃない」と思っている4歳児がいるとします。彼の世界はいま均衡の状態にあります。
そこで誰かが「植物は生きているんだよ」と彼に囁きます。そうするとその子は「生きてる!?植物って、、、なにこわい!生きてるってなんなの!?」となります。これが不均衡な状態です。
最終的には、植物と動物に共通の「栄養を取り入れ、成長し、生殖し、枯れる」という特徴を見つけ「動物も植物も生き物だ!」ということが理解できるようになります。
この状態に至ると、以前の均衡した世界(生き物=動物、植物≠生き物)から新しい均衡した世界(生き物=動物 ∪ 植物)に移行したことになります。知らなかった世界には戻れない、というのが面白いところです。
こうして未知のものに出会うときには、新しい情報を手に入れ、驚きと困惑のなかで世界を探索し、新しい世界の見方を手にいれるのです。
未知の物体に触れるとき
では、具体例で見ていきましょう。赤ちゃんが生まれたときに身の回りにないものはたくさんあります。そうした未知の物体にこれから赤ちゃんは出会っていくわけです。その一つに雪があります。
先日、東京にもたくさん雪が降りましたよね。例えば、ぼくが姉の家に遊びに行って甥っ子(生後8ヶ月)に雪を触らせようと企んだとしましょう。雪の冷たさや溶けて変形する過程を知覚してほしい、というのがねらいです。
雪と出会う
家のなかでやる場合は濡れても良いような状況(ゴミ袋を開いて敷いておくなど)を用意しなければです。お風呂場でやるのも手。
ぼくが雪をお皿に盛って、赤ちゃんの前に置いてみます。
このとき、赤ちゃんの注意をこちらに引きつけておくことが重要です。赤ちゃんが別のことに集中しているときは、邪魔をせず何に集中しているのかな〜と目線を重ねます。こちらに注意が向いたタイミングを見計らって、雪を出します。
赤ちゃんは目の前に置かれたものに興味を示します。ときに目を丸くして驚き、指をさしたり「あ!」と小さく声をあげたりして、「あそこに未知なるものがあるぞ!」と周囲の大人に伝えます。雪のような有機物が室内にある、という違和感も、注意を引きつける要因かもしれません。
手本を見せる/見せずに見守る
ぼくが「あれなんだろうね。触ってみようか!」と言って、触ることを促します。
ここであえて触るまで待ってみるのと、触って見せてみるのでは大きな違いがあります。どちらがよいという話ではありませんが、早めに赤ちゃんを安心させたいのであれば手本を見せるのがよいでしょう。
しかし、赤ちゃん自身が未知の物体を見つめ、予測を立て、確認していく勇気を期待するのであれば、手本を見せないのもありです。
触れる → 回復する
子どももおそるおそる手を伸ばして雪に触れてみます。触れた感触(「冷たい!」「なんかやわらかい!」「手のひらが濡れた!」)にちょっと驚き、怖がったり不安がったりして、お母さんの顔を見たり、お母さんのところに戻って気持ちを回復しにいきます。
こうした行動の背景には「お母さんは安全基地」という言葉に代表される「愛着(アタッチメント)理論」があります。
恐怖や不安よりも好奇心が勝ると、もう一度触りに行きます。
慣れる → 回復する
慣れてくると雪に指を埋めてみたり、叩いてみたり、握ってみたり、掴んでちょっと舐めてみたりします。このあたりから、呼吸が大きくなり、息を飲んだり、深く息を吐いたり、月齢によっては集中によってよだれがよく出たり。雪が伝える感覚や形状変化の面白さに徐々に没入していきます。
雪の遊び以外でも、海外では「Sensory Play」と銘打って食紅で染めたパスタやお米で遊ぶこともあるようです。食べ物で遊ぶなんて!と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、この時期の赤ちゃんにとっては様々な感触を体験することが楽しくてしかたがないようで、口に入れても安心な素材で感覚を全開にして遊べるのは最高です。
しばらくすると我に返って、お母さんのところに行って抱きついたり、もう少し月齢が上(1歳2~3ヶ月ぐらい)であれば手のひらを差し出したて「手を拭いてくれ!」と要求します。手を拭いたらまた雪を触りはじめます。
砂場遊びやお料理体験などをするとき「手が汚れるのを嫌がるんですよ〜」というお母さんの話をよく聞きますが、「手を拭いてもらう」というケアがもたらす愛着や安心感があるのかもしれません。
そんなこんなで興奮した場合は床がべちょべちょになるので、雑巾で拭いて、手を拭いて、おしまい。こんな感じで20分~30分ぐらい熱中して遊べます。
赤ちゃんジャーニーマップ
このプロセスにおける赤ちゃんの快/不快の感情を、カスタマージャーニーマップ風にまとめてみました。
赤ちゃんが「未知の物体」に出会う時、往々にしてこのようなプロセスをたどっているように思います。実際に脳波や呼吸量などをとったわけではなく、あくまでぼくの経験則ですが。
均衡のために必要なもの
赤ちゃんが新しい物事に触れるとき、大げさに言えば世界が揺らぎ、ハラハラドキドキします。大人はそのハラハラ感に共感的にまなざしを重ねながら見守り、ケアを求められればケアをする。
こうして赤ちゃんは安心感を得て新たにチャレンジする気持ちが芽生えてきます。新しいことにチャレンジするとき「大丈夫、やってみなよ!見守ってるから!」とどっしり構えていてくれる人がいると安心するのと一緒ですね。
次回
さて、また長くなってしまいました。
この「雪に触る」というちょっとした冒険のなかで、赤ちゃんは具体的には、視覚、触覚、固有需要感覚、圧覚力覚味覚・・・感覚を使いまくっています。
よく「赤ちゃんの五感を刺激するおもちゃ」など「五感刺激」というキーワードは幼児教育界隈に溢れていますが、一体なぜ五感を刺激することが大事と考えられているのか、「感覚統合理論」をひもときながら考えていきたいと思います。
赤ちゃんの探索環境デザイン 目次
1. 赤ちゃんは遊びのなかで何を楽しんでいるのか[観察編]
2. 赤ちゃんは遊びのなかで何を楽しんでいるのか[理論編①]
3. 赤ちゃんの探索の世界はどのように変化していくのか[理論編②]
4. 赤ちゃんと関わるときのマインドセット①
5. 赤ちゃんと関わるときのマインドセット②
6. 赤ちゃんの探索の世界はどのように変化していくのか[理論編③]
7. 赤ちゃんの好奇心・不安・葛藤・勇気
8. なぜ「五感を使うのが大事」と言われるのか[理論編④]
9. 赤ちゃんは全身をどうやって使っているのか[理論編⑤]
10. 赤ちゃんの探索と触覚の科学
11. 「いないいないばあ」はなぜ面白いのか
12. 探索環境デザイン[実践編]