「察しと思いやり」に必要な「観察」の練習方法
「日本人の信条は察しと思いやりだからよ」
というのは『ヱヴァンゲリヲン:破』での葛城ミサトのセリフです。「どうして日本人って危機意識がないのかしら!」というアスカをたしなめるように、このセリフを言いました。
他人の気持ちを察して思いやることは、友達と雑談をするときでも、子どもと関わるときでも、会社で会議をするときも、効果を発揮します。
そこにいる人の気持ちが無視されたまま事が進んでしまうと、その場は良い場になりませんよね。互いが察し合い、思いやり合うことで、友達との飲み会も、子どもとの遊びも、会議も、ワークショップも、良い場になっていきます。
人の気持ちを察し、思いやろうとするとき、ぼくたちは人をよく「観察」しています。今日は「察しと思いやり」のベースになる「観察」とその練習方法について書きます。
ファシリテーターに不可欠な技術は「観察」である
ぼくは、さまざまなワークショップをつくって運営することを生業としています。子どもの動きをダンサーと一緒に「トレース」してみるワークショップや、演劇をグラフィックレコーディングするワークショップなど、さまざまな場をつくっています。
このワークショップの進行役のことを「ファシリテーター」と言います。
「ファシリテーター」というと「話が上手」「まとめ上手」「いつも楽しげなカリスマ」といった人物像を思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし、実は、話術やカリスマ性などは二の次で、最も大切な技術は「観察」なのです。
ファシリテーターは、参加者が好奇心をふくらませながら未知の経験をし、新しい事が学べるように場をつくります。そのために、参加者を安心させ、勇気づけ、活動と思考と対話をうながしていきます。
このとき、どんなに話術が長けていたとしても、参加者の気持ちが沈んでいたり躊躇していたりする状態を察知できなければ、よい活動はうながせません。話術がなくても、人の気持ちを察し、思いやることができます。そのためには「観察」の技術が必要です。
ファシリテーション力を磨くための観察の練習方法
観察の練習方法は簡単です。
①その場で起きていることをよく観る
②その場で起きている会話をよく聴く
③その場にいる人の気持ちになってみる
④その場にいる自分の気持ちを考えてみる
⑤ ①〜④をとにかく書く
これだけです。もっとシンプルに言えば「見たり聞いたりしたことを書く」ということです。
このとき、あとで詳しく書きますが「④その場にいる自分の気持ちを書く」というのが大切です。その場で起きていることに対して、自分自身はどんな感情を抱いているのかが、観察した事柄に対する解釈に強く影響するからです。
では、具体的な例を考えてみます。
たとえば、目の前にゴミ屑があって、子どもがそれを触ろうとしていたとします。となりにいたお母さんがそれを止めようとしています。
観察の方法①:観る
まずは目にみえる情報をたしかめていきます。
お母さんと子どもはそれぞれどんな表情をしているでしょうか?お母さんは険しい顔を、子どもの方は興味津々な表情をしています。
また、2人はどんな仕草をしているでしょうか?お母さんはすごい速さで赤ちゃんの手を止めようとしています。子どもの方はゴミ屑に手を伸ばしています。
2人の視線はどうでしょう。子どもは興味津々な表情でゴミ屑を見つめています。お母さんのことは視野に入っていないようです。お母さんのほうは子どもの手を見ています。ゴミに触らないように必死です。
観察の方法②:聴く
耳に入る情報はどうでしょうか。
まず、なにが話されているかを聴いてみます。お母さんは「だめよ」と言っています。子どもの方は「あ!」と言っています。
2人の声のトーンに注意してみます。お母さんは強めの語気です。子どもの方は楽しげです。
観察の方法③:人の気持ちになってみる
さて、ここまではおおむね誰が観察してもそんなに相違のない事実です。ここから、観察した事象を解釈していきます。
まず、心のなかで、この2人の仕草を真似してみます。
脳内でシミュレーションをしながら、「お母さんは、危険だから止めようとしているんじゃなかろうか?」とか「いや、人の迷惑を気にして子どもを叱ろうとしているんじゃなかろうか?」などと想像し、仮説を立てていきます。
子どもに対しても同様です。「興味があって触ってみようとしているのかな?」「ゴミを捨てるために拾おうとしているのかも?」などと仮説を立ててみます。
こうして見たり聞いたりしながら人の気持ちを解釈し、仮説を立てることで、このあとこの人たちにどんな声をかけたらいいかを検討することができます。(観察から介入する方法については、次回以降に書いてみます)
観察の方法④:観察する自分の気持ちを考える
通常の観察では、客観的な事実とそれに対する解釈を考えますが、ここではそれを観察した自分自身の感情についても考えていきます。
この子どもとお母さんのやりとりを見て、どんな気持ちになったか。自分だったらどうするか。「お母さん、ちょっと強く言い過ぎじゃないかな」「子ども、ゴミを触ったら楽しいっていう気持ちわかるよ」と言った感じです。
こうして自分の気持ちを考えることで「自分がなにを大事にしているか」、つまり「信念」がわかります。
たとえば、このお母さんへの気持ちは「大人は子どもに強くいうべきじゃない」という自分の「信念」から出てきています。子どもへの気持ちは「子どもはいろんなものを触って楽しむべきだ」という「信念」がベースにあります。
このように自分の思考のクセ=「信念」は、観察した事象の解釈に強く影響します。その解釈はファシリテーションのやり方にも色濃く反映されます。
観察をする自分の気持ちを考えたり、あるいは別の観察者の気持ちを聞いたりすることで、自分の「信念」を俯瞰して相対化して、調整できます。これによってよりよい観察ができるようになっていきます。
観察の方法⑤:観察から得たことを書く
観察の練習において最も大切なことの一つは「記述」です。
現場で箇条書きのメモをとってもよいですし、あとから思い出して書き出してもよいです。そうして書き出したメモをまとめて、一本の流れのあるテキストにするとなおよいです。
この「記述」を行うと、観察した事象はもちろん、そのときの自分の気持ちを憶えておくことができます。そうすると、次に似たようなパターンの事象を観察したとき、知っている事象と比較しながらより高い解像度で観察ができるようになります。
観察の解像度を上げるには記述することがいちばんです。
とはいえこれは時間がかかるので、現場で覚えていることを走り書きのメモにしたり、走り書きしたメモを箇条書きになおしたりすることだけでも、手始めにやってみるとよいかもしれません。
まとめ
他人の気持ちを察して思いやるためには「観察」が必要です。
観察によってよりきめ細かく他者の状態を把握することができます。また観察してる自分の気持ちを考えることで、自分が何を大事にしているかがわかっていきます。
観察の方法は、よく見て、よく聴き、人の気持ちになってみて、自分の気持ちを考えることであり、それを書き出してみることです。
飲み会や友達とのお茶会などは、楽しさに没入しながら観察するいい練習になります。また、ちょっと退屈な研修やシンポジウムを聞くときでも、この「観察」をしてみると退屈が楽しみに変わります。
ぜひやってみてください。