見出し画像

巴御前

 朗読会は全体で一時間程度、大津と湖と井戸にまつわるお話をいくつか、ってことで、前半に瀬田の唐橋や大津のお話、後半には前回紹介した「光琳の櫛」を抜粋で読む。そしてせっかくなので伊藤も何か書きたく、ネタを探して、で、巴御前。源義仲の愛妾とされる人物で大津にもゆかりあり。兄、今井兼平は義仲の乳兄弟で主君を最後まで守り、後追いして壮絶な自害を遂げる。石山駅近くにお墓があるのを知っている。ふむ。
 
 蹄の音。
 現れたは、女だてらに馬を駆り甲冑に身を包んだ美丈夫。手には長刀、背には弓。
 「兄者、殿は」
 兄、兼平は鎧を松にかけ血泥にまみれた体をぬぐっている。
 「巴、お前ひとりか」
 「山吹は逢坂山で倒れ申した」
 「お前と共に世に聞こえた女武者であったが」
 「無念であったと存じまする」
 「む」
 兄の筋骨隆々たる肩がひとつ息をついた。
 「兄者、」
 「殿は共に討ち死にせんとのたもうた。儂は下らぬ者に討ち取られては末後の恥となると諫め申した。日の本に鬼神ありと言われた木曽殿の名が惜しい、松林に入られ、最後を迎えられよと」
 正月二十日、みぞれ交じりの寒風が湖面に吹きつける。愛しい男のすがたは見えぬ。
 「御馬も御身もお疲れであった。ここからはしばし、殿が最後をお迎えになるまでの時間稼ぎよ。日本一の強者の自害する手本を見せてやろうぞ」
  「共に参らん」
 「お前は女だ。女人であれば生きていく道もあろう。自害は許さぬ」
 「なんと、この期に及んで」
 「そう殿が仰せであった」
 「…!」
 怒りで身が震う。
 女なればこそ愛した。幼き頃より犬の仔同様にまろびあって育った乳兄弟の愛しい人。天与の武勇で兄と共に従い、女なれば夜伽の務めも誉れであった。共に仕えた女武者山吹とは剣も妍も競ったものだ。それを、ここで、我一人生き残れとはなんたる仕打ち。
 「はっっ」
 愛馬の腹を打ち駆け出す。負うている矢傷よりも心から血が噴き出す。
 「巴! 殿のご遺志なるぞ」
 「分かっておる!」
 分かっている。あの人がそう望むのであれば、逆らえぬ。抗えぬ。ならばせめて、最後の御時の時間稼ぎ。それぐらいしかこの身には出来ぬのか。それは兄も同じではないのか。日の本一の自害だと? あの満足げな顔はどうだ。
 雄叫ぶ。女の身がなんだというのだ。
 「我こそは、木曽義仲、一の家人、巴なり!!!」
 駆ける。両脇に迫りくる武士二人、双方の首を腕で捩じり切った。

 とまあ、書いてみた。が、どうも気持ちが乗らない。先を書いていく熱が足りない。巴御前に対する共感が薄い。
 力自慢の美女。
 極悪女王は面白そうでちょっとネットフリックスひと月だけ契約するつもりになっているが、おそらく惹かれているのは青春群像劇っぷりとシスターフッドと、情宣による女優3人の化けっぷりみたさ。
 あ、そうすればよいのか。
 主従愛だとか女だてらにとかには今一つ興が乗らないのだけれど、巴と共に仕えた山吹御前目線でいけばどうだ。大津駅の近くには「山吹地蔵」の小祠もあるらしい。この女性を語り手としようか。烏帽子被って。まあこの人も女武者なのだが、巴御前の「両脇に男二人抱えて首を捩じ切った」というエピソード(ダンプ松本も真っ青な腕力とエンタメっぷり)に比べればまだ近寄りやすい。
 てな事考えつつ、この人たち関連の資料を読んでいると、巴は今井兼平の「姉妹」という記述を見つけた。姉なのかも。ふむ。何かがカチリとはまった。その切り口で登場人物たちへの目線が変わる。私とのシンクロ率が上がる。10分くらいの小品が出来そうだ。結局、今回は使わないかもしれないけれど、こんなのを書き溜めてストックしておくと先々の野望の役に立つだろう。この野望が今回朗読会立ち上げのきっかけにもなっている。この話はまた来週以降に。

(それにしてもこのnote、結構使いやすい。思いついた下書きをいくつも書き溜めておいて、それぞれちまちま推敲しながら置いておける。通勤途上スマホからでも書き溜められるし。下書き保存すると「執筆お疲れ様でした」なんて労ってくれてさ。ふふふん。)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?