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ヒバリとフクロウ

 しかし美空ひばりとは良くつけたものだ。こんなに素晴らしい芸名はなかなかあるまい。

 朝書くのが思いのほか良い。ずっと夜に書いてきた。もったいないことをしてきたのか。
 人の動きのパターンとして、ひばり型とフクロウ型があるのだと。自分はフクロウ型だと思ってきた。最近、朝に副交感神経が優位なタイプと、逆のタイプがあるという記事を読んだ。どちらでも作業は進むが、その質が違うという。
 今回、このNoteというプラットフォームを使ってみて、携帯とパソコンの両方から作業がしやすいのがとても楽で気に入っている。朝の通勤電車でほやっと浮かんだ思いや引っ掛かったフレーズを書き留めて、何ならそのまま何百文字は書いてしまえる。今までだって紙のノートや携帯のメモは使っていたのだが、そのまま下書き、何なら完成稿に近い形まで、手元で気軽にどんどん書き溜めと推敲ができる。この手軽さが良い。作家量産ツールだな。

 執筆の為に休みを取った。職場に「年に3日続けて休みなさい」制度があって、ありがたく使わせていただく。まずはインプット。今日気が付いた。アウトプットにももちろん体力がいるが、インプットにも結構な体力がいる。これにも朝がいい。通勤途上の読書がするする頭に流れ込み、また様々な思い付きにつながっていく。シナプスのつながる手の多さとスピードが素晴らしいのだ(自分史上)。
 という訳で朝から読書、プラス思い付きを書き留める。が、しかし、かようにまとめて時間を取ると残念、集中力が途切れがちとなる。
 電車がいいのかなあ。環状線とかぐるぐる回りたいなあ、大阪恋し。旅気分でぐるっと一筆書き旅行、あ、琵琶湖一周でいいか。ふふん滋賀万歳。歩くとセルトニンが出るというが、旅にも何か脳内物質を出す要素が確かにあるのだろう。芭蕉さんとか現在ならとってもスマホ使いこなしそう。あ、この人は朝昼なく充実したお方であったな。
 と、つらら朝の集中力の素晴らしさを褒めたたえてきたが、今、愕然と気が付いた。朝に強くなったのではない、夜はもう疲れ果てているだけではなかろうか…。まったくこの私の一人ボケツッコミはいつまで続くのだ。
 「一生だよ」と、何故かうちの劇団員、福井あかねのどすの効いた声が脳内に響く。15分程度の小品を書くだけでこんなにもの大騒ぎ。私にはまだ上演台本90分書き上げる体力は残っているだろうか…。
 しかし、まだ休みは丸二日あり、なんだかんだと八割五分方出来上がってきた。昨日は今井兼平の墓所に、今日は戸隠神社(長野の分社が我が町にある)に参ってきた。私は今、半分ほど巴モードなので、兼平の墓所を訪ねるにあたっては、“弟よ、ここで身罷ったのか”と滂沱の涙を覚悟しておったのだが、いや、普通に敬虔な心持になって安心した。何に? 常識性かなあ。てな思いを巡らせていれば、そこに兼平は眠っていないのだと。むむ。まあ、気持ちに振り回されるままにいられるのも長期休暇の醍醐味。
 しかしヒバリ嬢は、インプットの挙句の感情の乱高低のふり幅を確保しつつ、おそらくアウトプットを素晴らしくコントロールをされていたのだろう。
 私の中の巴はとても語る。どうにも予定稿数を越えてくる。困っておる。どこでどのようにコントロールすべしか。黙らせることは難しい。うん。よし分かったぞ。聞けばいいのだ。主人公と思しき人物以外の声を。むーん、その人たちがどんどん語りだすだけの気が…。黙れ、私、頑張れ、羽ばたきをコントロールせよ。

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