地衣類の地衣子さん

近頃ネット上のみならず、直接会っていても地衣子さんと呼ばれる機会が増えてきた。ひらがなで「ちいこさん」って書かれたり、親しみをこめて「ちいちゃん」なんて呼び方をしてくれるフォロワーさんもいる。どうも、地衣類の地衣子さんです。ちなみに高嶺の花子さんのパロディではないです。

地衣子さん、というハンドルネームのそもそもの由来は、かつて飼っていた飼い犬の名前である。犬の名前はずばりチーコちゃん。マルチーズだからチーコとかいう安直な名づけは、当時小学校三年生だった地衣子さんによるもので、いまだったらもうすこしいい名前をつけてあげられたような気もするのだが、とにかく、チーコちゃん、略してちーちゃんとかチーとかチーチーとかって呼んでいた。チー、というとそのマルチーズは、いつも振り向いて駆け寄ってきた。

地衣子さんが中学生になると、部活動の先輩たちに影響されてツイッターをはじめた。当時のツイッターはまだアイコンが四角くて、リポストではなくリツイートで、いいねではなくお気に入りで、アプリの右下にはプロフィールタブがあって、無料のAPIが充実していて、文字数制限の140文字には画像やハッシュタグも含まれてしまう仕様だった。フロートもスペースもプレミアムも余計なお世話のおすすめタブもなくて、タイムラインにはフォローしているアカウントのツイートが時系列で流れてきた。そんなころ、チーコという犬の名前をローマ字にしてつけてしまったのが、最初のハンドルネームであった。今につながる地衣子さんのツイッターアカウントの始まりである。

しかし、chikoなどと書いてあったらチコと読むのがふつうである。オフラインでフォロワーさんと会う機会があっても、誰も伸ばして読んではくれない。ちょうど日本的な名前のほうが呼びやすいし縦書きしやすいからというので、マルチバイト文字を使った名前にあこがれを持つようになっていたこともあって、改称を考えはじめたのが高校生の頃であった。

そうはいっても、「チーコ」をそのまま日本語の名前っぽくするのは至難の業である。そもそもチーってなんだ。地位? 地異? 既に一部の人はわたしのことをチーコさんと呼んでくれていたし、なるべくチーコという音は大切にできないものかと考えていて浮かんだのが、小学校の修学旅行で訪れた戦場ヶ原で見た、地衣類のヨコワサルオガセであった。木にまとわりつくふわふわとした黄緑色の生き物。菌類と藻類の相利共生体。なんだかかわいくて印象にのこっていた、あの子たちは地衣類(ちいるい)と言ったではないか!! こうしてchikoさんは、地衣類の地衣子さんとして生きていくことが決まった。音だけが先にあって、地衣類という言葉を当て字のように乗せたというわけである。地衣類は後付けなのだ。chikoさんは地衣子さんとなり、ついでにスクリーンネームも、学名にあわせてUsneaDiffractaとした。

ハンドルネームを漢字にしたことで、周囲からちいこさんと呼んでもらえることが多くなった。元の由来が飼い犬の名前なのもあって当初はちいこさんと呼ばれるのにも抵抗があったが、次第に慣れていった。

やがて犬のチーコちゃんは死んでしまい、地衣子さんだけが残った。犬がいなくなっても、私はフォロワーさんからちいこさんと呼ばれ続けた。インターネット経由で知り合ったわけではなくても、親しみを込めてか、ちいこさんと呼んでくれる人も現れた。死んだ犬に代わって、わたしがちいこさんを引き継いだ、そんな格好である。ちいこさん、そう呼びかけられると、わたしは駆け寄るかはともかく、振り向くようにはなった。すっかりチーコちゃんを受け継いで、自分のなかに取り込んでしまったのだと思う。

地衣類の地衣子さん。死んでいった犬の名を受け継いでしまった以上、もうそう簡単には変えられなさそうだ。チー。もうその音だけで、呼ばれたら振り向く。たぶん。

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