公園を考える
町田市の薬師池公園西園のウェルカムゲートの計画を設計補助としてコンペの段階からかかわらせていただいた。その中で公園について考えていたことをまとめてみた。
野生のある公園から
青木淳氏が建築の設計において「遊園地」的な空間ではなく、「原っぱ」に魅力を見出してきたが、建築や公園はどんどん「遊園地」化が進んでいった。
この薬師池公園西園も敷地を見に行った時にはこの西園はJAによって管理はされていたが、「野生」の状態がたくさん残っていた。手入れされていない林の中に、誰かが勝手に作った畑があったり、何より丘の上から見える、谷戸の景色が絶景だった。設計もその谷戸の見える丘まで、どのように登り、どう見せるかを主題にして進められていった。
「原っぱ」という状態という中を歩き、「野生」が見えるという体験は非常に魅力的だった。(勿論、完全な意味での野生という状態ではない。)
結局、その美しかった谷戸に手を付けず残す計画は受け入れられず、その部分も公園として整備されてしまった。役所の仕事上、一度決まっていたことをボトムアップでひっくり返すことは非常に難しい。だが街にわずかに残る「野生」をアクターとして、残していくことの大切さを意識出来たことは、今後の設計に役立ちそうだ。
設計について
最初は大きさのある広場を確保することを考慮すると、分棟ではなくワンボリュームの方が敷地には適しているかと考えていた。しかし、実際進めていくうちに、敷地の傾斜上、大きな広場は存在しえなく、小さな場所に分割していくことがふさわしいと思えてくる。小さな建物に分割することによって、一つ一つの建物の大きさをおさえ、小さな通路でつないでいった。人が建物の中に入ったり、出たり、木々の間を通り抜けたり、見え隠れのある光景を生み出したことが魅力的だ。また、外構の通路の勾配を小さくすることで、手摺がほとんど必要なくなり、管理されていない感じが非常に良い。もちろん動線として長くなってしまっているが、バリアフリーとして確保は出来ている。
指定管理者さんも我々のコンセプトを共有して下さって、しっかりと管理して下さっていました。ただ物販についてはもう少し広く設計しておけば良かったかなあとも。
小さなスケールの広場
案内・物販棟
公園の「公」
現在多くの公園が「公」ではなくなっている。
公園は「公」によって管理されることによって、色々なことが排除されてきた。都会の多くの公園では花火や焚き木が禁止され、大声を上げることも看板に丁寧に規制行為のひとつとして載せられている。しかし一部の公園は、民間企業に業務委託することによって、ただ単にお金が出ていく存在だったものが、お金を稼げる存在として生まれ変わった。しかし、公共の空間を管理するのは、「公」であるがゆえに役所だけではなく、市民も管理しなくてはいけない。その市民も排除されている気もする。
宮下公園がミヤシタパークとなり、高級ブランドやホテルを複合する施設として生まれ変わった。元々公園を占拠してたおじさん達は、警備員によってがっちりガードされている。この場所には二度とは戻れない。渋谷という都会の真ん中で、昼間からワンカップ大関をがぶ飲みするオジサンたち、ブルーシートや段ボールで作られたバラックは不気味でもある。もちろん、一部の人が公園を占拠することは許されないことだろう。でも逆に社会に必然的にいるはずの存在が全く見えなくなってしまったことにも恐怖を感じてしまう。
法や社会に縛られない、管理されない彼らも「野生」の状態であった。公園で見られたブリコラージュ的な「野生」は今後はどんどん少なくなっていくだろう。
本件で町田市役所に何度も通ったが、エントランスホールにはカウンターの前やカフェ以外にベンチが設置されていない。ホームレスが留まることを避けるためと職員の方が言っていた。同時に待ち合わせ場所がお金を払わないと使えないことにかなりの不自由さを感じた。そして外のベンチはコーナーが注意喚起のテープで覆われている。景観を大切にするという観点を持つ人にとっては邪魔な存在にも思える。そのように管理され過ぎることによって、逆に排除されてしまうことも出てくるだろう。このベンチすら管理する側からすれば「野生」という状態だったのかもしれない。
薬師池公園ウェルカムゲートにも一部、まだ野生の部分が残っている。どのあたりに「野生」が残っているかは、行ってみて探して欲しい。設計者として、今後も如何に多様な「野生」の状態を残していくのかを大切にしたい。