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「米食わないと病むぞ」
私はパンが好きだ。
好きすぎて、絵画を専攻していた大学時代はパンの絵ばかりを描いていた。
パンの柄をした服も、どこからか調達して着ていた。
学内では、「パンの人」と呼ばれていたらしい。
「米食わないとなんか精神病むよなー。調子出ないんだよ、俺。」
私が制作をする横でそう話していたのは、友人の山岡(仮)。
そんな山岡を尻目に「クロワッサンおいしー」とセイ○ーマートのクロワッサンを頬張る私。
山岡と私は、そこそこ仲が良かった。
恋愛に発展するとかそういうことは、たとえ地球が楕円形になったとしてもないけれど、普通に尊敬し合える良き関係だったと思う。
あれは、大学3年の夏だっただろうか。
教育実習を間近に控え、弁当が必要と気づいた。
しかし、その時の私は実習どころではないくらい、生きるのがしんどくなっていた。
チョコレートひとかけで、3日生きた。
睡眠はまともに取れなかった。
大学にも出現しなくなった。
アパートの一室の、ごみ溜めの隅っこで膝を抱えて泣いていたら夜が来て朝になる。
そんな時でも、誰にも助けてと言えなかった。
単位のことを心配されても、サボっているだけと嘘をついた。
実習は、行かなきゃな。
そう思って重い腰を上げ、おぼつかない足取りでスーパーへ向かった。
適当に冷凍食品をカゴに入れ、レジに並んで、お金を出す。
…あれ、お金が、よく見えない。
次に見たものは、救急車らしき車の中。
そして、もう一度まばたきをすると病院の天井が見えた。
「誰か車で迎えに来てくれる人がいなきゃ帰せないから。」
看護師さんが私に言った。
私は困った。大学生の車持ちはレアキャラなのだ。
ふと、車を持っている山岡の顔が浮かぶ。
「なんかさあ。倒れた。迎えに来れたりする系?」
私は心配かけないように少しふざけた口調で言った。
山岡はビールを開けようと缶に手をかけた瞬間だったらしい。
点滴しながら待っているとすぐに来てくれた。
「お前さー。無理なダイエットでもしてたん?」
私は首を横に振った。喋ったら泣いてしまいそうだった。
車に乗って、家の前についた時、山岡がパンパンのレジ袋を渡してきた。
「米食わないと病むぞ。なんかあったら、頼れよな。」
山岡を見送った後、レジ袋を覗くと、ペットボトルの水と、セイ○ーマートのクロワッサン。しかも2つ。
米じゃないんかい、と内心突っ込みながら袋を開けた。
水をがぶ飲みして、クロワッサンを頬張って布団に入った。
サクッと軽快な食感が幸せだった。
生きていく上で、食べることの大切さを身をもって感じた私は、フードモチーフのお洋服の販売を始めた。
絵画表現に食べ物を登場させることで、いつも命を繋いでくれてありがとう、とお礼ができそうな気がしたからだ。
私はパンが好きだ。
今日も、明日も、パンを描き続ける。