制限改訂
新たな制限改訂が発表され、来年一月からついに、「玉ネギ」が「禁止野菜」に指定されることとなった。「玉ネギは、そのデザインに失敗しました」公式ウェブサイト上には、デザイナーによるコラムも掲載された。「焼いてもよし、炒めてもよし、スープやカレーに入れてもよし。また、刻んで挽肉などと混ぜても、スライスしてサラダにしてもおいしく食べられるというその汎用性で、玉ネギは前年プロツアーにおいても、全体のおよそ59%ものレシピに入るという、驚異の使用率となりました。長い間、環境で大きな存在感を……(中略)……これらの理由から、玉ネギは禁止となります。」
さあ、これに頭を抱えたのは、都内でラーメン屋を営む佐々木だった。PCの前でたっぷり八分間、彼はただ呆然としていた。お終いだ。お終いだ本当に。何度となく彼は心の内でそう呟いた。何しろ、彼のラーメン屋『ささき』―祖父から父へ、父から彼へと、親子三代に渡って受け継いできた、家族代々の店―で、継ぎ足し継ぎ足し、創業以来八十年以上も使い続けている秘伝のスープには、たっぷり玉ネギを使っていたのだ。「お終いだよ」彼は妻にもそう言った。「店は畳まないとな。玉ネギを使えないとなると、全く新しいスープを一から作ることになる。常連さんたちはそりゃあ、口では応援してくれるかもしれないけどさ、やっぱりみんな離れていっちゃうよ」
「そうねえ」妻も溜息をついた。「確かに噂にはなってたけど、本当に玉ネギが禁止になるなんて、まさか思ってもなかったわねえ」
「今さら言ってもしょうがないな」運営の文句なら、話そうと思えば四、五時間はぶっ続けで話せそうな気はしたが、そんな気分でもなかった。「とにかく、これからどうするか話さないと。店を畳んで、それからどうするか……」
「お父さん、お母さん!」その時、リビングのドアが勢いよく開いた。「話は聞かせてもらったんだけどもね!」
そう言いながら部屋に飛び込んできたのは、他でもない、息子のテルヨシだった。一人息子のテルヨシは、二十三歳の一応現役大学生だが、三年前、彼が進級して間もなくの初夏の頃、突然大学に行かなくなってしまった。そしてそれから現在まで、息子はずっと引きこもりだった。実際、そのとき佐々木が彼の姿を見たのも、およそ半年ぶりか、あるいはもっと長い間、息子を見ていなかったような気もした。
「テルヨシ……」佐々木は言った。「何でよりにもよって今出てきたんだ……?」
「話は聞いたよ」髭もぼうぼうの息子は父を無視して続けた。「その玉ネギ問題、俺なら解決できると思う。どう? 俺に任せてみない?」
呆気に取られている佐々木の横で、妻が「あらあら」と楽しそうに言った。
翌朝早く、家のチャイムが鳴らされた。佐々木がドアを開けると、外には五人の若い男が立っていた。皆、大学生ぐらいの年頃に見えた。五人とも研究室で着るような白衣を身につけていた。佐々木の顔を見るなり、彼らはそろって「お願いします!」と、勢いよく頭を下げた。「はあ……」と彼は返した。
「皆、来てくれてありがとうな」いつの間にかすぐ後ろに息子が立っていた。「じゃ、入って入って。あ、お父さん、例の部屋に案内を頼むよ」
佐々木は大人しく、彼らを奥の部屋に連れていった。佐々木家秘伝のスープを作っている、まさにその部屋に。実は、家族である息子も嫁さえも、今までその部屋に入れたことはなかった。それは佐々木が彼の祖父から、そして父から、厳格に言われていたことだった。家業を引き継いだ店主しか、その部屋に入れてはならぬ。そういう教えだった。しかしその禁を、今から佐々木は破ろうとしていた。
鍵を外し、ドアを開けた。中を見た若者たちは「おお……」と感嘆の声を上げた。
部屋の床の中央に、直径三メートルほどの巨大な穴が開いており、その中でいっぱいのスープがゆらゆらと湯気を立てていた。伝統的な醤油の醸造所をイメージして祖父が作った、特注のスープ釜である。初めて見たときは佐々木も驚いた。これどのくらい深いのと聞くと、俺にも分からんと父は言った。大人三人ぐらいは入れるんじゃねえか。
「じゃあ、よろしくお願いします」佐々木は若者たちに頭を下げた。「何をするのか分かりませんけど……」
白衣の若者たちは皆、きょとんとした顔を浮かべた。
「何言ってるんですか、佐々木のお父さん」一人が言った。「俺らはみんな、ラーメンが食えるって聞いて来たんですけど……。禁止野菜になる玉ネギが使われたラーメンが、タダで食えるチャンスだからって……」
「はぁ?」訳が分からなかった。「おい、テルヨシ、お前これどうなって……」
息子を見た。部屋に踏み入り、するするとスープ窯に近づいていった彼は、そのすぐ近くまで来たあと、一度こちらを振り返った。目が合った。当惑する父に、彼は小さく微笑んで見せた。とても悲し気な笑顔だった。
「ありがとう、父さん」そう言うと、息子は勢いよくスープに飛び込んだ。
「あっ!」佐々木は叫んだ。「テルヨシ!」スープに駆け寄る。「テルヨシーっ!」スープの上に波紋が立っているだけで、答えはなかった。「くそっ!」そう叫ぶと、息子に続き、彼も頭からスープに飛び込んだ。
スープの中は暗かった。だが下の方に、沈んでいく息子の姿が見えた。テルヨシ! スープの中で彼はまた息子の名を叫んだ。すると開いた口から、玉ネギのつんとした匂いが入ってきて、鼻の奥へ抜けていった。