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言語雑学本としてもおもしろい。『ことばと思考』【読書メモ】


ページ数 223

岩波新書
第1刷 2010年10月
第20刷 2024年1月

読書日:2025/02/05〜02/17
メモ日:2025/02/17





ざっくり

けっこう字がみっちり書いてあるから、本を開いた瞬間「おっ」と思う。たぶん岩波新書やからか?

「ことば」と「認識」の関わり方を、さまざまな観点から見た研究結果をもとに説明していく本。
「ことば」を獲得する前後、異なる言語を話す話者間の認識の違いも書いてある。

たくさんの研究や言語の例がひいてあるので、言語に関わる雑学本的なおもしろさ、読みやすさがある本。
一方で、この本を通しての課題に対する明確な結論は書かれていないと思うので、すっきりしたい人には向かないのかも。


覚えたいキーワード

・ウォーフ仮説(サピア=ウォーフ仮説)
・基礎語、基礎カテゴリー
・生成文法


気になりポイント

[?]は疑問、[✳︎]は感想

——(略)——世界には非常に多数の言語があり、世界をどのように切り分けていくかは、言語によって大きく異なる。もし私たちがことばを通して世界を「見ている」とすれば——つまり、私たちが見ている世界が、ことばが切り分けている世界そのものであるのなら——異なる言語を話す人たちは、世界の見方が思考のあり方がずいぶん(あるいはまったく)異なるはずだ。

本書 p6

「思考」:人が心の中で行う認知活動すべて
「認識」:知覚対象が〇〇とわかること
本の中では厳密に使い分けない

言語を学習することで子どもの知識にどのような変化があるのか、あるいは、子どもが行う推論に、言語は、どのような影響を与えるのか。

本書 p11



【第1章 言語は世界を切り分けるーその多様性】

色の基礎名の話
日本語は「赤」「青」など11個あるけど、パプアニューギニアのダニ族には2個しかない。p20


「基礎語」:単一の形態素(それ以上語の単位に分割できない形態素)で表される単語。「仔馬」、「競走馬」などは複合語になる。その言語の話者が「これは何?」と聞かれていちばん自然に出てくることば。 p25


ヨーロッパに多い名詞を男性女性に分ける言葉。人の子どもは中性の場合が多いんだって。 p30


日本語はそもそも、生きていないモノが存在する時は「ある」というが、人や動物は「いる」という。人、動物と無生物で動詞を区別するのは日本語の特徴と言えるかもしれない。英語をはじめとした多くの言語は、動作主あるいは動作対象が動物か無生物かということで別の動詞を使うことは、あまりしない。

本書 p44

こういう言語ごとのことばが表す対象の違い的なことがずーっと書いてある。
「持つ」にあたる中国語の動詞がいっぱいある話とか、「走る」「歩く」にあたる英語の動詞がいっぱいある話とか。日本語には助数詞がいっぱいある話とか。
雑学としてはおもしろいかも。


グーグ・イミディル語の話。前後左右じゃなくて東西南北で方向を指すってやつ。p49


ファス族の数の数え方めっちゃ面白い。
数が体の部位に対応している。
1は「最初の小指」、2は「最初の薬指」、84は「二度目の小指までいって、再び手を上がり、下がっていって、二度目の小指までいって、再び手を上がって、上腕」 p57



【第2章 言語が異なれば、認識も異なるか】

言語における世界の分割の仕方の違いは、そのまま、異なる言語の話者の間の認識の違いとなるのだろうか。
言語の影響が、認知プロセスの、あるいは脳の情報処理の、どの時点でどのような形で現れるのか。


「ウォーフ仮説(サピア=ウォーフ仮説)」:人の思考は言語と切り離すことができないものであり、母語における言語のカテゴリーが思考のカテゴリーと一致する、という主張。 p61


名詞に性別を持たせる言語(ドイツ語とか)話者は、性別がわからない動物は冠詞がついたらその文法的性に引っ張られる傾向があるらしい。p84


この章に書いてあるのは、「ウォーフ仮説は正しいか」を検証した実験。
大勢では、ウォーフ仮説は正しい、つまり言語が異なると物事への認識も変わる、と言えそうだし、特に空間関係や時間に関しては顕著。
でもウォーフがいうほど何でもかんでも、ってわけじゃなくて、分類のときに注目する特徴が少し変わったりするくらいかも。 p99



【第3章 言語の普遍性を探る】

人の思考に、言語に関わりなく共通の基盤があるのなら、言語自体にも、その背後に何がしかの規則性、共通性が潜んでいるのだろうか。

本書 p102


生成文法:あらゆる言語の間での共通点を指摘した。 p103
・全ての文は必ず名詞と動詞を含む(省略される場合もあるけど、文の深層では必ずある)
・動詞には他動詞と自動詞がある
・文はその中にさらに文を埋め込むことができる(循環的な構造を持つ) など

語レベルでも共通点はあるのか?


文化、言語に普遍的に基礎語の名前のつくカテゴリーはあるのか?

文化的に大事なものは細かく名前がつくのだが、名前のつくカテゴリーが文化にとっての有用性のみによって決まるとはいえないようである。
基礎語のカテゴリーのつくり方は言語の間でかなり普遍性がある p106

基礎語は、全体的に見るとまったく異なる言語グループに属し、文化も非常に大きく異なる言語同士でも非常に一致度が高いし、科学的な分類における一般カテゴリーにつけられる場合がほとんどである p106


名詞を分類する文法の種類は、おおよそ3種類に分けられる! p121
可算性(数えられるか数えられないかで分ける。英語など)
性別(性別を当てて分類する。ドイツ語など)
助数詞(日本語など)
しかもこの分け方は地理的な近さだけに関係しておらず、各分類が世界中に点在している



【第4章 子どもの思考はどう発達するかーことばを学ぶ中で】

この章だけで約60p。メイン章か?

人間の子どもの思考は、ことばを学習することで、どのように変わるのだろうか。


赤ちゃんは最初はすべての音を聞き分けられるのに、母語で不要な(区別されない)音は聞き分けられなくなるって話。p130


「わたる」「go across」、母語での単語の切り分けと認識の話
線路もテニスコートも、英語だと”go across”を使えるけど、日本語だと区切られていない平坦な場所には「わたる」ではなく「横切る」を使う。同じ動作でも場所によって使う動詞が異なることってある。
日本の赤ちゃんとアメリカの赤ちゃんで実験したら、自分の言語で区別しない要素に対して注目しなくなってくる。生後19ヶ月くらいで。 p134


ことばがもたらす「数」の認識 p151
まず、「いち」が一個のものに対応することを認識する
その次に「に」が「『いち』より多い数」として認識される
2歳半〜3歳くらいになると、「に」は「『いち』と『いち』」として認識される
つまり
①小さい数を正確に認識する(「いち」と「に」のような感じ)
②4以上の数を概数的に(ざっくりと)認識する
③大人になってくると、大きな数(見た目にはわからないくらい。1000と1001とか)を「いち」違うとそれは異なる唯一の数として認識する

日本語、中国語は欧米言語と比べて数の表し方がかなり規則的。
それが子どもの計算能力につながっているかも? p155


ことばはモノ同士の関係の見方を変える

「左」「右」ということばを理解し、使えるようになるのは5,6歳くらい。このことばが使えるようになると、モノを探すとかの課題がうまくできるようになってくる p166


直感的に考えると、赤ちゃんの注意は非常に大雑把で、様々なことを見落としがちなような気がする。しかし、実際には、その逆であることが多い。

本書 p168

[✳︎]ほんとそうだった。音も母語にないのは聴き分けるのやめるし、動作とかも母語の単語で切り分けないなら区別をやめるんだもんね。


——(略)——言語を獲得した後の、異なる言語の話者の間の認識の違いより、言語を学習することによっておこる、子どもから大人への、革命といってよいほどの大きな認識と思考の変容こそが、ウォーフ仮説の真髄であると考えてもよいのではないだろうか。

本書 p183



【第5章 ことばは認識にどう影響するか】

日常生活の中で、言語は、どのような場面でどのように認識に影響を与えているのだろうか。


単純な絵を見せられたとき、「ダンベル」「メガネ」などのラベルと同時に見せられると、絵の記憶がラベルのアイテムに引っ張られる。 p186
ビデオ見て内容を答えるテストで、「どんな風に車は衝突した?」という質問文で”smashed”、”hit”、”contacted”などの動詞を使い分けると、同じビデオでも回答者の記憶の中の車のスピードが変わる。 p190
[✳︎]なんか人間の認識ってあいまいになり得るんだなー


言語の本質に買いてあったことと似てる
擬態語と一緒に動作を見ると脳の言語処理の部分と環境音とかを処理するとこも活性化するって話
p190


ことばは、いま目の前で起こっている出来事の、どこに注意を向け、どの部分を記憶にとどめるのかということにも、大きく影響するのである。

本書 p193

ことばは意識しなくても使っているって話
被験者に色の知覚をさせると、見せた色が母語の基礎名の典型色だったときは、ことばの意味を処理する部分の脳の活動が見られたらしい。やば。p199


p203の言い回しで被験者が選ぶ感染症対策が変わってくる実験おもしろい。犠牲者数が同じでも「△△人が死ぬ」より「〇〇人が助かる」を選ぶ人が劇的に多い。


結局、言語は人の思考の様々なところに入り込み、いろいろな形で影響を与える。世界に対する見方(知覚の仕方)を変えたり、記憶を歪めたり、判断や意思決定にも良くも悪くも影響する。このように考えると、ここでもウォーフの仮説は正しいと言って良い。

本書 p204

この章もおもしろかったな。
ことばによって無意識に自分の記憶や認知が変わっているかもしれないというのは、知っておいた方がいいのかも。



【終章 言語と思考ーその関わり方の解明へ】

例えば、生後十八ヵ月の赤ちゃんは、モノがあるモノに接触し、支えられている状況を見せられても、それが「同じ」であるという認識は通常は示さない。しかし、onということばといっしょに聞くと、「同じ」という認識を示すことができる。
ことばがモノの関係や認知の学習の助けになるって話。だから話しかけるのって大切って言われてるんだろうな。

本書 p209

——(略)—— 赤ちゃんが他の概念区別よりも早くに敏感になるような区別は、世界に存在する膨大な数の言語の中で、多くの場合、基礎語として区別される傾向にあるようだ。
わたしたちの世界に切り分け方、認知の仕方は言語に引っ張られるけど、人間としてのベース的なものはかなり共通して持ってるって話。おもろいよねこれ。

本書 p210

——(略)—— 得ることができるのは、その外国語の母語話者と同じ認識そのものではなく、同じモノ、同じ事象を複数の認識の枠組みから捉えることが可能であるという認識なのである。自分の言語・文化、あるいは特定の言語・文化が世界の中心にあるのではなく、様々な言語のフィルターを通した様々な認識の枠組みが存在することを意識すること——それが他言語に習熟することによりもたらされる、もっとも大きな思考の変容なのだと筆者は考える。

本書 p223

この終章に多分言いたいことがまとまってるから、内容ざっくり読みたかったらここだけでも良いかも。



読後感想


これまでは、「ことばが思考をつくる」、とまでは思っていなかった。
目で見た景色や誰かとの会話で心が動いた経験など、「言葉にならない」感情ってあると思ってるから。

本書では、認識や記憶、判断にも大きな影響を与えていることが示されていた。
確かに、「心が動いた経験」を想起するときに、「恵比寿の駅のホームにいた」とか「6月の蒸し暑い夜だった」とか、言葉を使っているのに気付かされた。

あながち「ことばが思考をつくる」は言い過ぎじゃないのかもしれない。

だとしたら、「言葉にならない感情」は、私がその感情を表すのに必要な言葉を持っていないだけなのでは?

「言葉にならない感情」は、ポジティブであれネガティブであれ、ある種居心地の悪く、強烈な体験であるものの場合が多い。
滅多に遭遇することがないからだと思う。
そんな感情に直面すると、「やばい」で済んじゃってきたってこともあるかも。

力強い体験、感情にこそ、ことばというラベルを貼ることで、その気持ちを処理しやすくなるんじゃないかな。
怒ったり、泣いたり、感情を発散させることで処理しても良いんだけど、ことばを持っていれば、もっと楽に生きられるかもしれない。

息子にもたくさんのことばを知ってほしいし、英語じゃなくても他言語からの世界の見方を知ってほしいなって思う本でした。



気になる参考文献メモ

『言語学大辞典』三省堂

『レキシコンの構築——子どもはどのように語と概念を学んでいくのか』今井むつみ、針生悦子 岩波書店(2007)




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