「すべて植えつけられた記憶だったんだよ」
人体には、自分では見られない場所がいくつか存在する。
そのうち、後頭部は製造番号を書き込んでおくのに最も適している。
そこは製造側にとって、わずかな産毛以外にろくに財産を持たない「造りたて」の状態の人体を管理する上で非常に見やすく、一方で消費者側、つまり一般社会においては、その個体がたとえ世間にうまく順応し一般人類の恋人を持ったとしてもなかなか目につく場所ではないという点で好都合だ。
そして繰り返しになるが、その場所はけして本人の目に入らない。家畜の識別番号が耳にぶら下げられている理由と同じである。
そいつはそのように説明して、俺に背を向け、頭の後ろの髪を持ち上げた。
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
⑰ 18 19 20 21 22 23
そいつの後頭部には、500円大の毛のないゾーンが隠されており、そこには非常に緻密な文字で、0から23までの整数が3行になって並んでいた。
そして3行目の左端、「17」の数字が赤いマルで囲まれている。
「カレンダータグだ。おそらく製造ラインを示しているんだろう。」
メゾン・マルジェラの創始者、マルタン・マルジェラは、デザインを手がけた洋服の背に「カレンダータグ」と呼ばれる印を付した。
マルで囲まれた数字は例えば、
「1」・・・女性のためのコレクション
「3」・・・フレグランスのコレクション
「22」・・・男性と女性のための靴のコレクション
といった意味を持っている。
それと同じような印が、そいつの頭部に記されている。
ただし、「17」はマルジェラによるいかなるデザインも行われていない、空白の番号だ。
マルタン・マルジェラは、そういった謎を好むデザイナーだった。
「17は何を指している?」
そいつはその質問には答えず、背を向けたまま呟いた。
「とにかく俺は、アンドロイドらしい。」
俺は、UFOが飛び去ったあとの麦畑みたいに毛髪が失われたその部分を見つめていた。
「人間ではない。」
そいつは言った。
「人間ではない。」
俺は繰り返した。
「俺の記憶も、植えつけられた偽物の記憶なんだ。」
「でもお前は、ずっと俺と一緒にいたじゃないか。」
「そうだ。つまり、お前の記憶も、俺のとセットでこしらえられた偽物かもしれない。」
俺は自分の後頭部に手をやった。
髪は元気に生えそろっている。
その生えそろった髪の間を、大玉の汗が伝っていった。
大蛇が密林を難なく進んで行くように。
「俺たちの間の出来事は、すべて架空のデータに過ぎないんだよ。自分自身を本物の人間だと思わせるための、まぼろしなんだ。昨日、俺が17番の馬に全財産をブッ込んで負けたことも、その軍資金の内訳がほぼお前から借りた金だったことも、すべて植えつけられた偽物の記憶なんだ!」
俺は、汗に濡れた指先で、そいつの「カレンダータグ」をこすった。
0~23の番号は数の大小に関わらずぐにょっと伸びて、代わりに俺の指の腹が真っ黒になった。
「せめて油性ペンで書けよ!」
そいつはゆっくりと髪を下ろし、体を半回転させて俺に向き直り、少し黙って、口を開いた。
「500円ハゲになるくらい負けた。」