小説 人魚泥棒

 大金持ちの家でこっそり飼われていた人魚を盗んで高額で転売してやろうと目論んだのはいいものの、なかなかお客が見つからないために結局自宅の水槽に入れっぱなし。
「こんなでかい水槽を維持しておくだけでも水道代がばかになんないんだよね」と人魚にグチを言うと、人魚は「盗んできたんだからしっかりしなさい」としごく当たり前のことを言ってくるので反論ができない。
「しごく当たり前のことを言われることぐらい腹が立つことはないぜ」
「じゃあ元いたところに返してきたら?」と人魚。
「せっかく盗んできたかいがないじゃないか」
「じゃあ残念ね。水を替え続けなさいな」
「ちくしょーめ」
 それで人魚の買い手がつくまで自宅の水槽で人魚を生かし続ける。人魚なんて盗むんじゃなかったな。もっといえば盗みなんかするんじゃなかったけれども。最初から世の中のすべてのものがおれのものだったらよかったのに。
「今日は真鯛が食べたいわ」と人魚。人魚は肉食動物なのだ。
「アジで我慢しな」
「いやよ、定期的に真鯛を食べないとわたくしの肌はぼろぼろになってしまうわよ。そんな状態じゃ買い手なんかつかないわよ」
 それで真鯛を買ってきて人魚に与えてやると、人魚は水槽から上半身を出してお皿に載せた真鯛をバター醤油でうまそうにぱくぱくぱくぱく食べる。
「おれよりいいもん食ってやがるな」
「なにさ。当然じゃないの」
 白米のおかわりまでする人魚。おれはお櫃から人魚の持っているお茶碗(なぜか「コスモ星丸」くんが描いてあるお茶碗。自前らしい)にお米を山盛りで入れてやる。
「米が食べ放題なところだけはいいところよね」
「べつに食べ放題じゃないんだよ。ちょっとは遠慮してくれよ。健啖家め」
「いやよ。わたしがやせ衰えちゃったらどうするのさ。見目麗しくない人魚なんか誰も買おうとなんてしないわよ」

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