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小説がおもしろい理由

小説が他の媒体より優れている点はなにか。
それは、心理描写の緻密さだと僕は思っています。
こう言われてこう思った、こう思ったからこうした、といった具合に人物の動きに心の動きがついてきます。
文字によって心を目視できるのです。

『走れメロス』は倒れている時の文字数のほうが多い。

読書家のタレント、今田耕司さんは小説の魅力を「どこにでも行ける」と表現しました。
僕は、こうです。

誰かになれる。

例えば、『すべてがFになる』の主人公、犀川創平は大学助教授。
数字に敏感な犀川は、自分の腕時計を見てこんなことを考えます。

時計の文字盤には、本当に不思議なことがある。一般に、文字盤には、1から12までの数字が書かれている。これは当たり前である。ところが、一時間は六十分なのである。何故、1から60までの数字を書かないのか。「2のところに長針があったら10分です」と小学生に先生は平気で教えている。子供には、世間の厳しさを教えるのだろうか、と犀川は思う。

ここを読んだ時はぶっ飛びました。
そんなこと考えたこともなかったからです。
他人の視点で見る世界は発見の連続です。

普段、僕は僕の思考の元でしか物事を見ることができません。
ですが、小説を読んでいる時だけは、自分の思考から切り離されて、誰かの思考で物事を見ることができる。
それがたまらなくおもしろい。

森博嗣『すべてがFになる』(講談社1996年4月5日)

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