五賢帝が古代ローマの勢力を拡大出来た理由
ローマ帝国の最盛期、「五賢帝」と呼ばれた優れた皇帝が連続して登場。
五賢帝は、ネルヴァ、トラヤヌス、ハドリアヌス、アントニヌス・ピウス、マルクス・アウレリウスの五人。
五人が治世を担った96年から180年は、ローマは人類史上最も幸福な時代と言われてました。
人格的にも軍人としても優れていた五人の皇帝。
最盛期の領土は、北はイギリス中部、東は中東のメソポタミア、西はポルトガル、そして南はアフリカ北部まで拡大。
これだけ領土を広げられたのは、単に軍事力が凄かっただけではありませんでした。
戦いで勝利した後、その場所を滅ばすのではなく、五人の皇帝たちは植民地の人たちにも、ローマ市民と同水準の快適な生活様式を提供。
道路や下水道設備を整え、広場やバシリカ(集会所)を建設。
娯楽の場として、円形闘技場や浴場を提供。
侵略されてしまったけれど、以前より改善された生活様式に満足した植民地の人々。
植民地の抵抗は減り、ローマ帝国が安定した時代。
暗殺されてしまうことも珍しくなかった古代ローマの指導者たち。
そんな時代において、五人の皇帝の死因は全員病死。
これは五人の皇帝が多くの人の信頼を得て、善政を行った一つの証なのではないでしょうか。