先が見えない怖さ
何をするにも先が見えないということはすごく怖い。
どの方向に進んだらいいのかも分からないし、そもそも進んでいるのかさえ分からなくなる。
苦しいこと、つらいことも、乗り越えた先に楽しみが待っているから頑張れるのであって、それが分からずにがむしゃらに努力を続けることはなかなか難しい。
積み上げてきたことが
「ぱっ」
って一瞬にしてなくなってしまうこともあるからね
いつまでコロナウイスに私たちの生活は制限されるんだろうか
何か目標を立てても
予定を立てても
またどうせコロナのせいでなくなってしまう
COVID-19の「19」は2019年の19やよね
今はもう2021年。
「はぁ~」
当たり前のように、ネガティブな感情になる。
今回のウイルスに関しては誰が悪いというわけでもない。だからそこ余計に苛立ちをどこにぶつけていいのか分からなくなって、ストレスがたまる毎日。
でもそんなことを考えている間にも、時間はどんどん進んでいて、今は今で大切な時だから、そんなに下ばっかり向いてもいられない。
ここ最近は、全ての行事がなくなってしまった高校生のために何かしようとほんの少しの可能性を信じて、模索する毎日…
できないかもしれないから準備をしない、やらないという選択をすることは簡単。でもそれを繰り返す毎日の先には何も待っていないと思う。
誰も先のことなんか分からないからこそやるしかない。
自分のやっていることなんて、失敗したってゼロになるだけで、マイナスはないからね。自分より大変な状況の中で生活している人はたくさんいて、人々の生活のために命を張って尽力してくれる人がいる。
最近コロナのニュースを見るたびに思い出す名言がある。
シャーロックホームズがモリアテーティ教授に言ったひとこと
「君を確実に破滅させることが出来るのならば、公共の利益のために僕は喜んで死を受け入れよう」
覚悟をもってコロナに立ち向かてくれている人たちが必ずいる。
私たちにできることは、先が見えない暗闇にいるからこそ、手を取り合って希望を見失わないこと。
閉鎖環境に閉じ込められた人が、ある方法で、鬱になることもなく乗り切ったという。それは
閉鎖空間とういう最悪の状態から向けだした時の、最高の自分をイメージする方法。その人は「理想のマイホーム」のイメージし、将来に希望を持つことで乗り切ったという。
自分が一番待ち望んでいる将来とは何か、ゆっくりと考えてみよう。
焦らず。一歩ずつ。