外国人であるということ
去年の秋、オランダ・ベルギーを旅行しました。
昔から大好きなミッフィーのふるさとへ、新婚旅行を兼ねて。
そこで思い知らされた、あること。
歓迎されてないんです。明らかに。笑
英語圏ではないので、言葉がわからなくて不安なのはもちろん
(オランダは英語通じるけど、ベルギーのレストランのおじさんはフランス語だった)
みんな背高いし、おしゃれだし、冷たいんですよね。笑
ユトレヒトに到着して駅を出ようと思ったものの
旅行会社が用意してくれていたチケットは、自動改札を通れるものではなかったんです。
窓口のおじさんに「どうしたらいい?」って聞いても
「俺にはわかんないな」みたいなつれない返事。
押すと係員さんにつながる呼び出しボタンを押したものの、
お互い伝わりづらい英語で聞き取れず。
しばらく駅構内をうろうろして、
歩いていた係員のお姉さんに呼び出しボタンの先のおじさんと話してもらって、なんとか改札を出ることができました。
海外旅行で初めて不安を感じた時間でした。
そこで感じたのは、ヨーロッパでは自分が圧倒的マイノリティだということ。
今までアジア人も多いところにしか行ったことがなくて、知らなかったのです。
イチローも言ってましたね。
アメリカに来て、メジャーリーグに来て、外国人になったこと、
アメリカでは僕は外国人ですから。
このことは、外国人になったことで人の心を慮ったり、
人の痛みを想像したり、今までなかった自分が現れたんですよね。
この体験というのは、本を読んだり、情報を取ることができたとしても、
体験しないと自分の中からは生まれないので。
オランダ旅行は、自分が”外国人”であることを気付かされた旅でした。
わたしには海外移住という目標があって
それは外国で外国人として生きていくことで。
きっと傷つくことや困ることもたくさんあるけれど
このオランダでの経験が、わたしの糧になっているはず。
ありがとうオランダ。笑
訪日観光客は年々増えていて、来年には東京オリンピックも。
コンビニなんかは外国人の店員さんがとても多いですよね。
外国人として生きていくことは容易ではないけれど、
それでも日本が好きで、もっと深く知りたい。
そう思ってくれている人たちと、共存していけたらと思ったのです。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?