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小説『ヌシと夏生』17_化け猫

猫の店にたどり着いたときは、ヌシも夏生も息を切らしていた。こんなにまじめに走ったのは久しぶりだ。
その勢いで扉を開ける。

「大丈夫か?」

ヌシも飛び込んでくる。

「……ああ」

酔いが一気に回ったのと、疲れたのとで、夏生はカウンターにつかまったまま、へなへなと座り込んでしまった。

「まあこんなもんだろ?」

お地蔵さんの丸い頭の上で、真っ白な猫が器用に丸くなって寝ている。

「しょうがないな」

倒れた椅子を戻し、床の上に食器が散乱しているのを落ちていた紙袋にまとめる。洗い物を片付けながらカウンターを拭いた。長年一人で暮らしているとこんな時は楽だ。

「あれ?」

「どうした?」

「ほら、お地蔵さんの前にグラスが三つ並んでる。俺らが飲もうとして注いでたグラスじゃない?」

改めてお地蔵さんの顔を見ると、心なしかお地蔵さんの顔が赤みを帯びているような気がしなくもない。

「もしかしてお地蔵さんが飲んだの?」

「そうかもな。寝てるし」

「寝てるって……。よくわかるな……」

猫とお地蔵さん。何だか懐かしい風景を見ているようで、ほっとする。案外、良いコンビになるかもしれない。その寝姿を、思わずスマホで撮ってしまった。

「ごちそうさま」

カウンターに飲み代を置いて、ヌシと店を出た。

化け猫
村には、歳を重ねて人のように二本足で立ち、人語を操るようになった猫がいるという。ただし、普段は人として暮らしているので、見分けはつかない。せっかく猫に生まれついたのに、どうしてわざわざ人として暮らそうとするのか私には理解できないが、ないものねだりというものかもしれない。

美津さんの元夫の手記より

(つづく)

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