うさぎ坂

映画を観るのが好きな会社員です。主に名画座で観ています。夢は、いつか映画に出ることです。よろしくお願いいたします。

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マガジン

  • ヌシと夏生

    2020年 第10回ポプラ社小説新人賞1次選考通過作品を、少しずつ手を加えたりしながら公開します。ぜひ、読んでいただけたら嬉しいです。 【あらすじ】 編集プロダクションからIT企業に変化を遂げたマカロニ出版で二十年勤める秋山夏生はある日、戦力外社員として会長室へ異動させられる。会長室へ異動した先輩たちは皆、一月以内に退職する、いわゆる首切り場。しかし、辞表を出した夏生に、会長は自分の終活を手伝うように依頼する。 創業者である会長の終活の一環で元旦那の手記を出版することになった夏生は、出張先で自らを「ヌシ」と名乗る女性と出会う。 生活費の足しにと「お化け退治」を始めるヌシと暮らす中で、気がつくとおかしな事件に巻き込まれる夏生。 世の中で何の役にも立たない中年のおじさんが、不思議な問題を庶民的に解決するコンサルタントとして、ヌシと共に歩み出す。

最近の記事

小説『ヌシと夏生』29_駕籠

チラシの描かれた中年男性の絵、つまり夏生のことだが、覇気のない顔には無精ひげまで丁寧に再現されており、そのデフォルメされた冴えなさ具合には悪意すら感じる。 何より、連絡先が書かれていない。これではチラシを受け取った人は困る。チラシとしては明らかに失敗作だ。しかも裏面は真っ白だが、つるつるのコート紙なのでメモ帳代わりに使うこともできない。 「せめてマジックでも何でも良いから連絡先を書き足すとか……」と、夏生が言いかけた時、インターホンの音が鳴った。 「はーい」 扉の外に

    • 小説『ヌシと夏生』28_駕籠

      夏生の部屋には神様が住んでいる。 出張先からどういうわけか一緒について来て、そのまま居座っている。 名前は知らない。 本人もよくわからないらしい。 ヌシと呼ばれていたというから、夏生もヌシと呼んでいる。 神様やら宇宙人やら、異世界の住人が、何らかのきっかけでこの世で一般人と生活を共にするというのは、小説、映画、アニメ、そのほかあらゆる娯楽作品の設定においては定番すぎる定番で、珍しくもなんともない。 こうした設定の多くでは異文化交流というか、お互いの生活習慣や知識のギャップ

      • 小説『ヌシと夏生』27_橋の姫

        「橋が壊れそうです」 これでもう何回目になるだろう。 匿名で役所に電話を掛ける。が、反応はいつもと同じ。この部署ではない。ここではない。 当者がいない。きちんと基準を満たしているから問題ない。結局、誰も動きそうになかった。 川沿いの桜並木に艶やかなピンクと青のイルミネーションが輝いているが、人通りはない。立ち並ぶタワーマンションの窓からも、夏生が見る限り灯りは漏れていない。 「奴は消えるかもしれない」 橋のたもとに立ったヌシは抑揚のない声で言った。 もしかしたらほか

        • 小説『ヌシと夏生』26_橋の姫

          「もしも何か、かなわない願いがあって現れているのなら、助けを求めるだろう。人は自分の存在に気が付いてくれる相手にすがるものだ。もしかして、すでに話しかけているのか?」 女の子がヌシの顔を見上げ、おそるおそる頷いた。 「話しかけた後は、話しかける前よりその存在がはっきり見えるようになったのではないか?」 少女は戸惑ったような顔で、もう一回、うなづいた。 ヌシの顔が険しくなった。 「お前はしばらく、この橋には近づかない方が良い」 別れ際、ヌシは腰をかがめ、少女の顔をのぞ

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        • ヌシと夏生
          29本

        記事

          小説『ヌシと夏生』25_橋の姫

          何も起きない。何もすることもない。コーヒーを片手に一往復、二往復……。 「そんなにすぐには出ないよな」 時計を見ると昼の二時を過ぎている。狭い橋の上をヌシと並んで歩いていたその時、後方から車の近づく音がした。 「危ない」 狭い橋の上、ヌシと二人欄干に体を寄せて道を空ける。引っ越し業者のマークが入ったトラックが、目の前を走りすぎる。橋が大きく揺れたその時、橋の向こう側に誰かが立っているような気がした。 一瞬だった。 そんなにきちんと見えたわけではないのに、艶やかな印象が

          小説『ヌシと夏生』25_橋の姫

          小説『ヌシと夏生』24_橋の姫

          「みそ買い橋っていう昔話、知ってる?」 橋の欄干から川の中をのぞき込んでいるヌシに声をかけた。 「知らない」 「昔、貧乏な炭焼きが夢の中で、『みそ買い橋に立ってると良い話が聞ける』っていうお告げを受けるんだ。それでその橋を探して、立ち続けると、今度はその橋の近くの豆腐屋の親父が『何やってんだ?』って話しかけてくる。で、夢の話をすると笑われるんだ。『俺も何とかいう炭焼きの家の裏を掘ると金貨が出てくるって夢を見たけど、信じない』って。それを聞いた炭焼きはピンと来たんだ。急い

          小説『ヌシと夏生』24_橋の姫

          小説『ヌシと夏生』23_橋の姫

          「櫻橋。これだね」 何の変哲もない橋だった。 二車線と左右に歩道がある、都内のどこにでもあるような橋だ。強いて言えばなんとなく、きれいな橋。 川の両岸にずっと遠くの方まで並ぶソメイヨシノは、開花のころにはさぞきれいだろう。 「ヌシは何か見える?」 「夏生は?」 「ただの橋にしか見えない」 「わたしもだ」 どんよりと曇った空の下、夏生はマフラーをはずし、巻き直した。ちょっとした隙間から入る風が冷たい。ヌシはお気に入りの龍の刺繍の入ったスカジャンを羽織っているが、そ

          小説『ヌシと夏生』23_橋の姫

          小説『ヌシと夏生』22_テルテル坊主

          「今のは寝相って言って、猫の寝相が悪いのが……。寝相は悪いけど悪気があるわけじゃなくて……」 しかし言い訳は通用しない。 テルテル坊主が夏生の顔めがけてまっすぐ飛んできた。 思わず目を閉じる。 ポフッ。 柔らかい衝撃がおでこにぶつかる。 「あれっ?」 ポフッ。ポフッ。繰り返し、夏生の顔めがけてテルテル坊主が体当たりを続ける。 痛くはない。顔は全然痛くないけれど、ぶつかっては床に落ちるテルテル坊主は、ティッシュでできている。破けてしまったら大変だ。 「やめろ。やめ

          小説『ヌシと夏生』22_テルテル坊主

          小説『ヌシと夏生』21_テルテル坊主

          個室は最上階にあった。病院にこんな部屋があるのか?と驚くくらい、ホテルのようにきれいな部屋だ。 「高いんじゃない?」つい、お金のことが気になる夏生に「うちの店、お陰様で今繁盛してるから」と、猫が小さく胸を叩く。 「これは立派な部屋だな。しかしこんなにしてもらうわけには……」 老人が心配そうにいうと、「私たちも遠足みたいな気分で楽しいから」と人に化けた猫が前髪を細い指でくるくるいじる。元の姿を知っているだけに、一体どうやってここまで精巧に化けられるのだろう?と不思議でならな

          小説『ヌシと夏生』21_テルテル坊主

          小説『ヌシと夏生』20_テルテル坊主

          「で、どうするつもりだ?あのおじいさん、本気で期待してるぞ。何の手掛かりもないのに」 先を歩くヌシと化け猫に夏生が声をかける。 「乗りかかった船だ。何とかしろ」 ヌシが振り向いた。どうも機嫌が悪そうだが理由がわからない。 「何とかしろって、お任せくださいみたいなこと自分が言ったんじゃないか?」 「忘れた」 そういう重要なことは、忘れないで欲しい。 「若い看護師とたくさん話せるなんて、喜ばしいことじゃないか。せいぜいがんばれ」 「は?何言ってんだ?」 もしかし

          小説『ヌシと夏生』20_テルテル坊主

          小説『ヌシと夏生』19_テルテル坊主

          「こんにちは」と、周囲に会釈をしながら、猫が一番奥の窓際のベッドに向かう。 「やあ来てくれたの?」 ベッドの上に座って本を読んでいた男が顔を上げた。丸いメガネを掛けた、いかにも優しそうなおじいさんといった風だ。 「おや、今日はお友だちも一緒か?」 「うん。テルテル坊主の話をしたの。そうしたら作った人を捜してくれるって」 いやいや、そんなこと言ってないけど。夏生は思う。 「夏生さんとヌシちゃん。こちらがマスター」 化け猫が二人を紹介する。 「マスターなんて。まあ

          小説『ヌシと夏生』19_テルテル坊主

          小説『ヌシと夏生』18_テルテル坊主

          テルテル坊主わせっか、わせっか……。 小さな声で誰かが掛け声をかけている。わせっか、わせっか。聞き慣れない掛け声だが、何だか楽しそうだ。ふと、消灯時刻をとっくに過ぎた病室の中で掛け声が響いていることの異様さに気が付いてしまう。 くるりと囲ったカーテンの向こう、となりのベッドからは静かな寝息しか聞こえてこない。わせっか、わせっか……。 上だ。天井とカーテンの隙間から、声が聞こえる。カーテンが小刻みに揺れている。誰かがよじ登って来る。わせっか、わせっか……。 ◇◇◇ 「

          小説『ヌシと夏生』18_テルテル坊主

          小説『ヌシと夏生』17_化け猫

          猫の店にたどり着いたときは、ヌシも夏生も息を切らしていた。こんなにまじめに走ったのは久しぶりだ。 その勢いで扉を開ける。 「大丈夫か?」 ヌシも飛び込んでくる。 「……ああ」 酔いが一気に回ったのと、疲れたのとで、夏生はカウンターにつかまったまま、へなへなと座り込んでしまった。 「まあこんなもんだろ?」 お地蔵さんの丸い頭の上で、真っ白な猫が器用に丸くなって寝ている。 「しょうがないな」 倒れた椅子を戻し、床の上に食器が散乱しているのを落ちていた紙袋にまとめる

          小説『ヌシと夏生』17_化け猫

          小説『ヌシと夏生』16_化け猫

          「……ここ、ご主人様のお店だったの。私はそこのほら、端っこのイスに座って、ご主人様がお酒を注いで、お客さんたちと楽しそうに話すのを見てたわ。皆でご主人様の引くギターに合わせて歌ったり。本当に幸せだった」 女性が遠くを見るような目をする。 グラスに自分でウォッカを注ぐと、「健康に!」と叫んで、クッと飲み干した。 「クー」っと喉を鳴らすと、ヌシの頭に手を当てて、臭いを嗅いでいる。ヌシはされるがまま、頭を差し出して笑っている。 「……でも、ご主人様も年を取って。病院に入ったの。

          小説『ヌシと夏生』16_化け猫

          小説『ヌシと夏生』15_化け猫

          「遅かったな」 玄関を開けるとヌシが立っていた。お地蔵さまも玄関に立っている。 「何をしているんだ?」 「噂話だ。お地蔵さんと」 「噂話?」 「夏生がまた災難を持って帰ってくるぞという噂だ。ところでずいぶんと臭いな?」 「臭い?」 「ああ。獣の臭いがする」 お地蔵さんは黙ったままだが、ヌシにはお地蔵さんが何か発言しているのがわかるらしい。何かしきりに相槌を打っている。 「何かあったか?」 「別に特には……」 ポン引きじゃあないが変な店に引っ張られそうにな

          小説『ヌシと夏生』15_化け猫

          小説『ヌシと夏生』14_化け猫

          原稿整理に飽きると、夏生は会社を出て電車に乗った。 夕暮れの街並みが、眼下を通り過ぎていく。 この一ヵ月、ヌシと出会ってから、いろいろなことがありすぎた。会社では結局、また美津さんに甘えている。このままのではいけないという気もするが、かといって何ができるわけでもない。 そんな不安と、あとはお地蔵さんが居座っている家に帰りたくないという気持ちと。少し、一人で考えたかった。 適当に降りた駅は、住んでいるところからそう離れてはいないが、特に何があるということもなく、これまで下車

          小説『ヌシと夏生』14_化け猫