うさぎ坂

映画を観るのが好きな会社員です。主に名画座で観ています。夢は、いつか映画に出ることです…

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映画を観るのが好きな会社員です。主に名画座で観ています。夢は、いつか映画に出ることです。よろしくお願いいたします。

マガジン

  • ヌシと夏生

    2020年 第10回ポプラ社小説新人賞1次選考通過作品を、少しずつ手を加えたりしながら公開します。ぜひ、読んでいただけたら嬉しいです。 【あらすじ】 編集プロダクションからIT企業に変化を遂げたマカロニ出版で二十年勤める秋山夏生はある日、戦力外社員として会長室へ異動させられる。会長室へ異動した先輩たちは皆、一月以内に退職する、いわゆる首切り場。しかし、辞表を出した夏生に、会長は自分の終活を手伝うように依頼する。 創業者である会長の終活の一環で元旦那の手記を出版することになった夏生は、出張先で自らを「ヌシ」と名乗る女性と出会う。 生活費の足しにと「お化け退治」を始めるヌシと暮らす中で、気がつくとおかしな事件に巻き込まれる夏生。 世の中で何の役にも立たない中年のおじさんが、不思議な問題を庶民的に解決するコンサルタントとして、ヌシと共に歩み出す。

最近の記事

小説『ヌシと夏生』19_テルテル坊主

「こんにちは」と、周囲に会釈をしながら、猫が一番奥の窓際のベッドに向かう。 「やあ来てくれたの?」 ベッドの上に座って本を読んでいた男が顔を上げた。丸いメガネを掛けた、いかにも優しそうなおじいさんといった風だ。 「おや、今日はお友だちも一緒か?」 「うん。テルテル坊主の話をしたの。そうしたら作った人を捜してくれるって」 いやいや、そんなこと言ってないけど。夏生は思う。 「夏生さんとヌシちゃん。こちらがマスター」 化け猫が二人を紹介する。 「マスターなんて。まあ

    • 小説『ヌシと夏生』18_テルテル坊主

      テルテル坊主わせっか、わせっか……。 小さな声で誰かが掛け声をかけている。わせっか、わせっか。聞き慣れない掛け声だが、何だか楽しそうだ。ふと、消灯時刻をとっくに過ぎた病室の中で掛け声が響いていることの異様さに気が付いてしまう。 くるりと囲ったカーテンの向こう、となりのベッドからは静かな寝息しか聞こえてこない。わせっか、わせっか……。 上だ。天井とカーテンの隙間から、声が聞こえる。カーテンが小刻みに揺れている。誰かがよじ登って来る。わせっか、わせっか……。 ◇◇◇ 「

      • 小説『ヌシと夏生』17_化け猫

        猫の店にたどり着いたときは、ヌシも夏生も息を切らしていた。こんなにまじめに走ったのは久しぶりだ。 その勢いで扉を開ける。 「大丈夫か?」 ヌシも飛び込んでくる。 「……ああ」 酔いが一気に回ったのと、疲れたのとで、夏生はカウンターにつかまったまま、へなへなと座り込んでしまった。 「まあこんなもんだろ?」 お地蔵さんの丸い頭の上で、真っ白な猫が器用に丸くなって寝ている。 「しょうがないな」 倒れた椅子を戻し、床の上に食器が散乱しているのを落ちていた紙袋にまとめる

        • 小説『ヌシと夏生』16_化け猫

          「……ここ、ご主人様のお店だったの。私はそこのほら、端っこのイスに座って、ご主人様がお酒を注いで、お客さんたちと楽しそうに話すのを見てたわ。皆でご主人様の引くギターに合わせて歌ったり。本当に幸せだった」 女性が遠くを見るような目をする。 グラスに自分でウォッカを注ぐと、「健康に!」と叫んで、クッと飲み干した。 「クー」っと喉を鳴らすと、ヌシの頭に手を当てて、臭いを嗅いでいる。ヌシはされるがまま、頭を差し出して笑っている。 「……でも、ご主人様も年を取って。病院に入ったの。

        小説『ヌシと夏生』19_テルテル坊主

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        • ヌシと夏生
          19本

        記事

          小説『ヌシと夏生』15_化け猫

          「遅かったな」 玄関を開けるとヌシが立っていた。お地蔵さまも玄関に立っている。 「何をしているんだ?」 「噂話だ。お地蔵さんと」 「噂話?」 「夏生がまた災難を持って帰ってくるぞという噂だ。ところでずいぶんと臭いな?」 「臭い?」 「ああ。獣の臭いがする」 お地蔵さんは黙ったままだが、ヌシにはお地蔵さんが何か発言しているのがわかるらしい。何かしきりに相槌を打っている。 「何かあったか?」 「別に特には……」 ポン引きじゃあないが変な店に引っ張られそうにな

          小説『ヌシと夏生』15_化け猫

          小説『ヌシと夏生』14_化け猫

          原稿整理に飽きると、夏生は会社を出て電車に乗った。 夕暮れの街並みが、眼下を通り過ぎていく。 この一ヵ月、ヌシと出会ってから、いろいろなことがありすぎた。会社では結局、また美津さんに甘えている。このままのではいけないという気もするが、かといって何ができるわけでもない。 そんな不安と、あとはお地蔵さんが居座っている家に帰りたくないという気持ちと。少し、一人で考えたかった。 適当に降りた駅は、住んでいるところからそう離れてはいないが、特に何があるということもなく、これまで下車

          小説『ヌシと夏生』14_化け猫

          小説『ヌシと夏生』13_化け猫

          「何しろ君は神の使いだからな。神がいなくなったらその神に恨みを持っていた輩が一斉に襲い掛かる。野良の使いは格好の餌食だ」 「そんな……。ヌシはそんなにあちこちで恨みを買っているのか?」 「わざわざ恨みを買うつもりはなくても。強い力を有していれば、存在するだけで弱きものをつぶしてしまうこともある。悪気はなくても。私を倒して名声を上げたいという輩もいるかもしれない」 確かに、ヌシは強い。それはもう夏生自身、何度か目にしている。しかし、ヌシを倒して名を上げたいという輩がいるほ

          小説『ヌシと夏生』13_化け猫

          +6

          長年の夢だった、大館の映画館「御成座」で「ミツバチのささやき」を観てきました

          長年の夢だった、大館の映画館「御成座」で「ミツバチのささやき」を観てきました

          +5

          小説『ヌシと夏生』12_化け猫

          化け猫「ところでヌシは何の神様なんだ?」 龍の刺繍の入ったスカジャンを羽織って鏡の前で、嬉しそうにくるくると回っているヌシに、夏生はふと頭に浮かんだ疑問を口にした。 途端にヌシの軽やかな動きが止まってしまった。 失言だったのだろうか? 日曜ということもあって、今日は朝からヌシの服を買いに行った。日常の着替えは近くの量販店で購入していたものの、外出するときはどういうわけかいつも白いワンピース一枚だけというのがお気に入りのようだ。本人は寒さは感じないのかもしれないが、この季

          小説『ヌシと夏生』12_化け猫

          小説『ヌシと夏生』11_ろくろ首

          そう女が叫んだとき、ふっと首の力が緩んだ。思い切り引っ張っていた夏生の体がバランスを崩して後ろに倒れる。倒れながら男の首が胴体から離れて宙を飛ぶのが見えた。締め付けられすぎて首がちぎれたのか。 夏生の耳に、自分の悲鳴が聞こえる。その声が自分のものだと気付くまでに若干の時間がかかった。だが、「ああ今、悲鳴を上げている」と認識したとき、ふと疑問がわいた。 ちぎれた飛んだ男の顔が、宙に浮いたまま落ちてこない……。 しかも何か言葉を発している。 「……まったく毎晩毎晩オリーブオイ

          小説『ヌシと夏生』11_ろくろ首

          小説『ヌシと夏生』10_ろくろ首

          「……失礼しました。厚かましくて、すみません」頭を下げる夏生に「いえ。こちらこそお嬢さんにお酒を勧めすぎたかもしれません」と、返すものの不安そうな表情だ。 「ところで奥様は今日のことは?」 「もちろん首のことは黙っています。……ちょっと変わった仕事をしている昔の友人が来るって説明しています。それ以上のことは何も」 きれいで、料理も上手で、親切で。夏生だったら、こんな人と結婚できるのだったら、首が伸びるくらい、どうってことないように思う。なんとなく取り残されたような感じで

          小説『ヌシと夏生』10_ろくろ首

          小説『ヌシと夏生』9_ろくろ首

          返す言葉はない。まだ会社に籍を置いているとはいえ、完全な窓際だ。直属の上司である美津さんに拾ってもらったおかげで、それこそ首の皮一枚で何とかつながってはいるものの、その立場は非常に弱く、危うい。もし再就職なんてことになったら、こんな中年、雇ってくれるところはあるのだろうか? 明日の生活の保障もないのに、ヌシの食費や生活費と、出費は先月より増えている。やはり金は一円でも欲しい。 だが……、いくら非現実的な依頼だからと言って、何もせずにそのまま懐に入れるわけにはいかないだろう

          小説『ヌシと夏生』9_ろくろ首

          小説『ヌシと夏生』8_ろくろ首

          「ちょっと待て」と夏生がヌシを制する間もなく「初回のご相談は、つまり今ですね。こちらは三十分まで無料です。でも三十一分から三十分ごとに三千円お申し受けします。それから調査費が今回のお話のようなケースです……」と、いつの間に作ったのか、手書きの料金表まで用意している。 こいつ、本当に神だったのだろうか?明らかに商人。しかも、字もきれいだ。 「ただし、今回は美津さんからのご紹介なので、二十パーセント割引させていただきます」 「わかりました。お願いします」 男が頷いた。

          小説『ヌシと夏生』8_ろくろ首

          小説『ヌシと夏生』7_ろくろ首

          ろくろ首「あなた……?」 会長室に入ったヌシを見て、美津さんが声をあげた。 いつも物静かな美津さんにしては、珍しい反応だ。 「ああ」 当然のような顔で、ヌシも応える。 「全然変わらないのね」 「そうかな?」 「私はずいぶん年をとったわ」 「あまり変わったようには見えないけど」 美津さんが入れてくれた紅茶を飲みながら、話す二人。その会話の断片を横で拾いながら、不思議なものだと今更ながら感心する。 美津さんが昔、ヌシのいた村で暮らしていたという話をしたら、美津さ

          小説『ヌシと夏生』7_ろくろ首

          小説『ヌシと夏生』6_地蔵

          足が震えて、まっすぐに立てない。体全体が小刻みに震えて自分の意志では止められない。 券売機に突っ込んだまま、お地蔵さんの体が小刻みに揺れはじめた。刺さった頭を抜こうとしているのか?痙攣するように震えている。 「行くよ」 少女に手を引かれるまま改札を抜け、誰もいないホームに立った。ホームの上には何もなかったかのような、静かな、田舎の空が広がっている。全身から汗が噴き出した。 「今のは?」 少女の背中に隠れるように、改札の外をそっと窺うけれど何も見えない。振り向いた少女

          小説『ヌシと夏生』6_地蔵