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小説『ヌシと夏生』32_駕籠

まずは問題を再現してみる必要がある。

どうしてそんなことが起こったのか?

それが分からないと再発は防ぎようがない。場所とか時間とか、何かしら特定の条件を探し出さなくてはいけない。社長に頼み、事件に遭遇した運転手に直接話を聞くことになった。

乗車するのは刀根山。都心に近く、古くから上流階級を相手にした高級な店なども多いエリアだ。一歩奥に入ると巨大な霊園もあるが、広々とした公園のようで雰囲気は悪くない。桜の名所で春先には花見客も集まるほどだ。

「刀根山では客を乗せないというルールを作ったら?」と提案したが、エリア的に重要な地域なのでそれはできないらしい。そういうのが苦手な運転手は自分で避けて通るので、特にルールを設ける必要はないのかもしれない。

乗客は女性。年令は若かったという運転手もいれば、わからないという運転手もいる。ただ全員に共通するのは「顔が白かった」ということだ。

乗車の時刻はまちまち。昼間の場合もあれば、深夜もある。そこに規則性はなさそうだ。

そしてどこで降りたか?という問題。

これが一貫性に欠けている。都内の高級住宅街のこともあれば、病院、遠いところでは海と脈絡がない。しかも行く先を告げるとき「どこそこの辺り」とあいまいな地域を告げ、目的地のエリアに近づいたら「まっすぐ」とか指示は出すのだが、どうもはっきりしない。

一方通行だったり、なかなか希望通りにはいかず、何度か迷っているうちに、気が付いたら後部座席のシートから消えてしまう。「お金をとってくる」と車を降りて近くの家に入ったケースは、ヌシを乗客と間違えたケースを含め二件だけだ。

「違いは何だろう?」

面談の内容をまとめながら、夏生がヌシに問いかける。

「違う人だな」

「違う幽霊?」

「まあそうだ」

「根拠は?」

「……勘だ」

「いい加減だな。誰のせいでこんな面倒なことになってると思っているんだ?」

「仕事があるというのはありがたいことだ。人が面倒と感じるところにビジネスのチャンスはある」

「もう少しまともな仕事が良い」

「贅沢だな。あれこれ仕事を選んでいるようではまだまだだ。やらされている仕事から自分の道を見つけるのがプロだ」

こいつは本当に神なのだろうか?

いっぱしの経営者とまでは言わないが、しごくまっとうなことは言っている気がする。編集者の端くれとして言わせてもらえば、ヌシの語録をビジネス本として売り出せば、それなりに需要はあるかもしれない。案外、幽霊やらお化けやらを退治するビジネスを年齢はわからないが見た目は二十歳前後の女性がやっているとなれば、話題にもなりそうだ。

「おい、今、つまらないことを考えていないか?」

突然、ヌシに指摘されて我に返る。

「何を言ってるんだ?この不可解な現象について考えてるんじゃないか。で、なんで違う幽霊だと思う?」

「感覚的なものだから、果たして君にどのくらい伝わるかわからないが。いろんな思いだったり感情がこの世に残ったのが幽霊と考えてくれ」

「うん。考えた」

「一人の人がいたら、幽霊となって残るのはそれなりに濃い部分というか、核となる部分だと思ってくれ」

「うん。思った」

「一人の人間から余分なものをすべてそぎ落としたものが幽霊だ。だから一人の幽霊だけを見たら、その行動にあまり変化はない。同じ無賃乗車する場合にしても、静かに消えるのと、一度車を停めて車の外に出るのでは、行動に差がありすぎる。もちろん一人の人間がさまざまな思考を平等に強く、思っていれば、一人の人間からいくつもの行動パターンのある幽霊を生み出すことはできるかもしれない。でも、悪いが普通、人にそこまでの強い心はない。とすると異なる複数の幽霊があると考えた方が自然だ」

そこでちょっと考えるようにしてヌシが言葉を切る。

「……もっと言えば、どこかに行きたいという強い目的だけがあってこの世に残った霊魂が、たかがと言っては失礼だが、タクシーの運賃を払うために車を停めたり、運転手と会話をしたりというのも不自然に思えるんだ」

「ということは?」

「もしかしたら、幽霊ではなく、似て非なるものかもしれない」

「え、そうなの?」

「行き先もすべて異なることを考えたら。五人とも全部違う幽霊というか、それっぽいものなのかもしれない」

ヌシの言葉に、夏生は絶句した。

「そんな……。解決するって言った締め切りまであともう三日しかないよ。なんだかわからない相手が一人でも持て余しているのに、それを五人も、どうすれば良いんだ?」

「そんなことは自分で考えろ」

「なんて無責任なんだ。それでよく神様が務まるな?」

「無責任じゃなくちゃ、神なんてものは務まらない」

ヌシがソファに横になる。「幽霊除けに、問題の辺りにお地蔵さんに立っていてもらうか……」といつの間にかヌシの横にいるお地蔵さんの丸い頭をなでながら、つぶやいた。

夏生自身、こんな何だかわからないことに労力を費やしたくないが、前金をもらってしまった手前、「できませんでした」では済まなさそうな気がする。

ヌシはいい。神様なら、都合が悪くなれば消えたり姿を変えたりできるだろう。こうして人と話しているように普通に接しているが、そもそも、初めて会ったときはヌシは小さな白い蛇だったはずだ。それに巨大な龍のような姿になって橋も破壊している。

しかし夏生は生身の人間だ。しかもただの窓際の中年だ。社会的な力も何も、ほぼ無いに等しい。問題が起きても逃げようがないのだ。だとすれば、問題を起こさないようにするしか、ない。

「……俺が幽霊の客を乗せてみよう。一回でも自分が体験すれば何か分かるかもしれない」

ニコニコタクシーの社長に「一台タクシーを貸して欲しい」とメッセージを書く夏生に、「免許は持っているのか?」とヌシは冷ややかだ。

「持ってるよ。ゴールドだし。……ただ教習所出てから二十年以上、運転したことないけど」

「つまるところ、車の運転はできないってことか」

「……幽霊以外は乗せないし、乗せたとしても走らなければ、何とかなるんじゃない?」

「乗客があったとして、消えるまで幽霊かどうかわからないぞ。もし普通の人間のお客さんだったらどうする?タクシーを運転するにはそれなりの資格が求められるんじゃないか?反対にもし幽霊だったとしたら?突然襲い掛かって来るかもしれない。襲って来ないにしても臆病な君のことだ。驚いて突拍子のないことをするかもしれない。何が起こっても車を安全な場所に止められる自身はあるか?万が一車を暴走させて人を撥ねたりしたら?」

「……」

返す言葉もない。じゃあ、プロの運転手の横に夏生がいたら?

一瞬考えたものの、助手席に何だかわからないおじさんが座っているタクシーなんて、たとえ幽霊と言えども乗車するとは思えない。

「……そういえば、依頼主が来たときだったか?『昔は幽霊が駕籠や人力車に乗った』とか言わなかった?」

「閉じられた空間が移動するということでは理屈は同じだろうから。記録も探せばあるだろうとは言った」

「例えば……人力車だったら?それくらいだったら、俺にだって引けるだろう?」

「今の時代、観光目的以外で人力車に乗りたい人がいると思うか?しかも車夫が粋な若い男ではなく、運動不足で不健康そうな、薄汚くて冴えない中年男だ。生前によほど人力車に未練があった幽霊しか乗らないだろう。もしくは夏生そのものに執着しているか……」

ヌシが夏生の顔をチラと見ると「……ないな」と首を横に振った。認めたくはないが、反論できない。

もし、対象となる幽霊がずいぶん以前、まだ人力車が交通手段として利用されていたころに生きていたものだとしたら、乗る可能性はある、かもしれない。

しかしタクシーの運転手たちの証言では、乗車の時には客の異常さには気付いていない。つまり服装など外観は今の時代の人と大きな違いはないということだ。

もしも霊がいるとして、その姿が生前、または死んだ時を映しているとしたら、タクシーに乗る霊は今の時代を生きていた人の霊ということになる。そんな人が移動手段として人力車を使うことはないだろう。

だが、相手は「人」ではない。少なくとも「人ではない」という仮説で動いているのだ。どちらかといえば冴えない男の方が引く車が好みだという可能性だってあるだろう?

ヌシの言葉を無視してスマホをポケットから出すと、夏生は「人力車」「レンタル」と打って検索を始めた。

(つづく)

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