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小説『ヌシと夏生』24_橋の姫

「みそ買い橋っていう昔話、知ってる?」

橋の欄干から川の中をのぞき込んでいるヌシに声をかけた。

「知らない」

「昔、貧乏な炭焼きが夢の中で、『みそ買い橋に立ってると良い話が聞ける』っていうお告げを受けるんだ。それでその橋を探して、立ち続けると、今度はその橋の近くの豆腐屋の親父が『何やってんだ?』って話しかけてくる。で、夢の話をすると笑われるんだ。『俺も何とかいう炭焼きの家の裏を掘ると金貨が出てくるって夢を見たけど、信じない』って。それを聞いた炭焼きはピンと来たんだ。急いで家に帰って家の裏を掘ったら本当に金貨が出てきて大金持ちになりましたって。子どものころ、ばあちゃんがよく話してくれたんだ」

「まあ橋はそういう場所だからな」

「そういう場所?」

「川の上という本来なら人のいるべき場ではないところに、無理やり人のための空間を通すのだから。本来異界の住人の場に人が無理に入り込もうというのだ。君らの言うところの不思議は起こる。まあ何というか……」

「何?」

「その炭焼きの男と豆腐屋の親父と。信じた者と、信じなかった者の違いがやや鮮明過ぎる気もするが。夢を信じて何かをやり続ければ、運命が助けてくれる。人は、その手の話が好きだな」

「それはそうだけど。夢や希望がないより良いじゃないか」

「夢も希望もそれ自体は悪いことではない。だが、神というものはもっと単純だ。橋の上でいい年をした男二人を巡り合わせるなんて回りくどいことはしない。助けるなら助けるし、助けないなら助けない。それだけだ」

それは神様全般ではなく、ヌシがそういう性格というだけではないか?と言いたかったが、黙っておく。

都心に自分のためのおしゃれな神社ができると意気込んで来たのが、実際に現地を見てみるとどうやら思っていたほどではなかったらしい。今のヌシは明らかに機嫌が悪い。

「自分は橋の上に立ち続けているのに幸せになれないと嘆く声は、祀られていた時、よく聞いた。何かを信じ続けるというのは、それはそれで人にとっては大変なことなのだろう……」

信じ続けるということも大変だが、信じる対象とされる側の苦労も相当だったのだろう。ほんの数ヵ月前まで神として祀られてきたヌシの言葉を聞きながら、橋の向こうを見る。特段、何も変わったところはない。

「缶コーヒーでも買って来ようか」

ヌシと二人、川を渡った向こう岸のマンションの一階に入っているコンビニに向かって、橋を渡り始めた。

(つづく)

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