小説『ヌシと夏生』12_化け猫
化け猫
「ところでヌシは何の神様なんだ?」
龍の刺繍の入ったスカジャンを羽織って鏡の前で、嬉しそうにくるくると回っているヌシに、夏生はふと頭に浮かんだ疑問を口にした。
途端にヌシの軽やかな動きが止まってしまった。
失言だったのだろうか?
日曜ということもあって、今日は朝からヌシの服を買いに行った。日常の着替えは近くの量販店で購入していたものの、外出するときはどういうわけかいつも白いワンピース一枚だけというのがお気に入りのようだ。本人は寒さは感じないのかもしれないが、この季節、見ていてあまりに寒々しい。
慣れない買い物は四十過ぎのおじさんには結構きつかった。若い女性向けの服が売っているお店はとにかくデパートから何から思いつく限り、と言っても数軒だが……回ってみた中でヌシが唯一お気に召したのが下町の商店街のお店にかかっていたこの、龍の刺繍の入ったスカジャンだった。店からずっと羽織って帰ってきて、機嫌も良さそうだったのだが。女性と神様の気持ちは、正直わからない。
「……わからない」
「は?」
「なんの神様か?って聞いただろう?」
「うん。聞いた」
「その答えだが、自分が何の神なのかわからない」
しばらく間をおいて出たヌシの答えは、まるで面白味のないものだった。
「わからないって。例えば厄除けとか、何か得意分野があるだろう?」
ヌシを見ていると、何だか喧嘩が強そうなイメージがある。今はピンクのラメが光るスカジャンのせいかもしれないが、くっきりとした眉や、やや吊り上がり気味の目。顔つきからしてきりっとしている。
「厄除け?ああ、そういうことか?商売繁盛にしろ安産にしろ、神の役割は人が勝手に決めるものだ。たまたまお金が欲しいを願う人が来て願いが叶ったと感じたとする。その結果を人に伝える。するとそこに評判が立つ。言ってみれば風評だ。しかし評判が立ってしまうと、同じような悩みを持つものが集まるようになる。『商売繁盛の願いが叶った』という人の数は増える。当然だ。そういう願いをもっている者が多いのだから。母数が増えた結果なのだ。が、それを人はさらに『商売繁盛にご利益がある』と噂する。するとさらに同じ悩みを持つものが集まる……ん?」
インターフォンの音が鳴った。
話の腰を折られて一瞬不快そうな顔を見せたヌシだが、誰かが来たとわかると嬉々としてドアのカギを開けた。
「誰なのか確認してから!」という夏生の声も虚しく、「いらっしゃーい」とヌシがドアを開ける。
「……お届け物です」
勢いよく開いたドアに面食らいながら、宅配の制服を着た若い男性が、台車に乗った大きな段ボールの箱を玄関に下ろす。
「秋川夏生様……。あて名は確かに私だけど……」
差出人の名前も住所も、達筆すぎるというか、ミミズが這ったような字でまるで読めない。最近、高価な品を送り付けておいて、わからないまま開けてしまうと「開けた」と言ってお金を請求してくるという詐欺も横行しているらしい。もしかしてそういうことだろうか?しかし、中身は気になる。ヌシも何だか機嫌が良さそうだ。
「……とりあえず開けてみようか?」
縦に細長い箱の一番上の部分のガムテープをはがして開ける。上から覗くようにしてみると、丸いものが見える。そっと手を触れてみる。ひんやりとしたその感触。石だ。嫌な予感しかしない。
「受け取り拒否!送り返そう」
夏生が言うよりも早く、箱からお地蔵さんが飛び出した。石のくせに何という跳躍力なんだ。
「おお。久しぶりだな」
ヌシが石の塊を抱きしめている。
「お前ら電車の駅を破壊するくらい喧嘩してたじゃないか?」
「地蔵が私が村から去ろうとするのを引き留めるから。振り払っただけだ」
ヌシがこともなげに言う。
「こっちは殺されかけたんだぞ!」
「ちゃんと守った」
「……怖かったんだよ。とにかくその石の塊を捨ててこい」
「それは嫌だ」
「なぜ?この部屋は俺の部屋だぞ。そんな大きな石なんぞ置く場所はない。地震でもあったらどうする?倒れたら危ないし……」
そこまで言って夏生は口をつぐんだ。カタカタとお地蔵さんが揺れている。宅配便で送られてきたから単なる荷物のような感覚でいたが、こいつは自分で動ける、自走式のお地蔵さんだ。ヌシと初めて出会ったときには、石の塊のくせに飛んで、駅を破壊している。
「とにかく、お地蔵さんがいなくなったら村の人も困るだろうから。早く帰った方が良い。せっかく迎えも来たことだ。ヌシもそろそろ帰ったらどうだ?」
「帰ってもなあ……。誰も来ない社でぼんやりしているのも退屈だし……」
ヌシがつまらなそうに言う。
「それに、……だいたい私が離れたら夏生は一瞬で死ぬぞ」
「……なんで?」
不審げな夏生を見て、ヌシがフヒヒと気味の悪い笑みを浮かべた。
(つづく)
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