ミッション迷子案内③
水上バスが桟橋に近付いていく。東京を象徴する赤と白の塔に、地方出身のふたりは歓声を上げる。
過去に何度も遊びに来ていたけど、そう言えばちゃんと見たことがなかったかもしれない、と真朱は記憶を掘り起こす。
「これからどうするの?」
名残惜しさを感じながら水上バスを降りた真朱は、神崎に尋ねた。
「空港まで行くよ。迷子になったり遅れたら嫌だから」
電車の乗り方がわからないくらいだから、慎重になっているのだろう。気持ちはわからないでもないが、真朱はふと気になって尋ねてみた。
「飛行機、何時の便なの?」
神崎の答えに真朱は驚く。搭乗時刻まではまだ何時間もあった。空港まで行けるモノレールの駅まではすぐそこだ。いくらなんでも余裕をもたせ過ぎである。
それに、そんなに早く着いても、あのだだっ広い空港で迷ってしまうのではないか。神崎ならありえそうな気がする。
そもそも、東京に来た際は、ちょうど同じ日に出張した職場の人と一緒だったらしい。だから迷わずにホテルまで行けたのだろう。その人たちも電車の乗り方を知らなかったのかどうかまではわからないが…。
話しているそばから、神崎はモノレールの駅とは違う方向に歩いていく。そちらにも駅があるが、そこから乗っても空港には行けないはずだ。
そっちじゃないよ、と神崎に声をかける。神崎は驚いて振り返った。本当にこっちでいいと思っていたらしい。
この人…。心配過ぎる…。
無事に飛行機に、せめてモノレールに乗ってくれないと心配で私が故郷に帰れないわ…。
真朱は男性が少し苦手だった。子供の頃に男子生徒から外見を酷くからかわれて、いじめられたのである。それがトラウマとなって、すっかり自信をなくしてしまった。
中学生くらいになると、自分にも好意を抱く男の子もいるらしいと気付くようになったし、その後もそういうことは度々あったのだけど、染み付いた自信のなさがどうしても邪魔をして、彼らに笑顔を向けることも難しかった。
自分なんかを選んだら、この人他人から酷く馬鹿にされて、迷惑をかけてしまうんじゃないだろうか。そして嫌われてしまうんじゃないだろうか…。そう思うと怖くて、どう応えたらいいのかわからなかったのである。
ずっとそんなふうに感じていたし、今も感じていた。
だから、どうして神崎にそんなことを言えたのか、今をもってわからないのである。
「私、何度も東京来てて、モノレールも何度も乗ったし、切符の買い方もわかるよ。連れて行ってあげる。でもまだ時間あるし、せっかくだからちょっとだけ観光しない?」
意外にも、神崎は真朱の提案をあっさり受け入れた。本当に電車の乗り方がわからなくて、不安だったのかもしれない。
まず、せっかくなので、間違って入ろうとした駅を少しだけ見学してみることにした。
カプセルに入った景品が出てくる機械を見つけたふたりは、思わずチャレンジしてしまう。ここでしか手に入らないレアなグッズが入っている、などという煽り文句が躍っているのを見ては、チャレンジせずにはいられなかった。
透明な、小さなカプセルに入ったピンズを手にしたふたりは、子供のようにはしゃいでしまった。まるで小学生の修学旅行である。
ほんの数十分前まで神崎に抱いていたイメージは、もうどこにも存在できないようだった。よく見れば神崎は、研修中にはずっとかけていた眼鏡すら外している。眼鏡がよりクールなイメージを演出していたのだろう。素顔の神崎は、ただの素朴な、素朴過ぎる青年だった。
時間はあるとは言え、神崎のことを考えるとあまりゆっくりはできない気がした。真朱は駅を出ると、眼前にそびえる塔に向かって歩き出す。東京の象徴である、あの赤と白の塔に。
→第4回に続く
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