蒼のノスタルジア :4
家々や寺の合間を縫うような路地に、時折初夏の風が吹き抜ける。
階段や路地の風景が変わる度に、空間がぐらりと動いて、どこか別の時代や知らない次元に迷い込んだ気がする。
路地を歩く二人の前に、突然猫が飛び出してきた。少しでっぷりとした、キジトラだ。
「うわ、びっくりした」
思わず足を止めた二人を、猫も立ち止まってじっと見つめた。しかしすぐにひらりと歩き出す。少しだけ歩いて、まだ動き出さない二人を振り返る。
「ついてこい、って言ってるのかな」
蒼介は朝日花に呟くと、猫のあとを追うように歩き始めた。慌てて朝日花もついていく。
最終的に千光寺に辿り着ければいいので、ルートははっきりと決めていなかった。猫の案内に導かれるように、二人は道なりに進む。
猫は時折塀の上に上ったり、姿が見えなくなったと思ったら慌てて朝日花たちの後ろをついてきたり、付かず離れず、でも寄り添うように二人の近くを歩き続けた。
「猫が多いとは聞いてたけど、道案内をしてくれる猫がいるとは知らなかったわ」
不思議そうに猫に目をやる朝日花に、なんか歓迎されてるみたいだね、と蒼介は嬉しそうな表情を浮かべる。蒼介の目線は猫が現れた時からずっと猫に注がれていた。動物が好きだったっけ、と朝日花はウキウキと猫を追いかける蒼介の背中を見つめる。
階段を上りきったあたりで、猫が立ち止まった。
蒼介たちが猫のそばまで辿り着いても、猫はそこから動かない。どうしたんだろう、と猫の視線の先に目をやって、蒼介がわっと歓声を上げる。
「うわあ、見て」
その声に振り返った朝日花も、思わず目を見開いて立ち止まる。
眼下に尾道の街並みが広がっていた。細い路地からきゅっとこぼれ出てくるように、海や、島や、建物が広がっていく。少しずつ少しずつ、空へ近付いていく度に、こぼれ出る海や島や家々の数は増えていくのだろうけど、その一過程が切り取られて飾られたようだった。
ひたすら頂上を目指して歩き続けているだけなら、たぶんこの景色には気が付かない。振り返らないことがすべてではないのだと、朝日花は古い映画の一場面のような景色に思う。
二人の様子を見届けるように、猫は人間には通れないルートに行き先を変更すると、しっぽを揺らして、姿を消した。
「この場所を教えてくれたのかな?」
猫の消えた方向から視線を戻して、蒼介が呟く。
そうかもね、と朝日花はもう一度、街並みを振り返る。
「たぶん、あともう少しだと思うわ。迷わないように連れてきてくれたのかもしれないわよ」
「頑張って歩いて登ることにしてよかったね。あの子には会えなかったよねきっと、ロープウェイだったら」
蒼介の言葉で、額に吹き出る汗に少し感じていた後悔も、吹き飛んでいくような気がする。
→第5回に続く
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※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、地名等とは一切関係ありません。
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