蒼のノスタルジア :7
「あのタイムカプセル、10年経ったから、掘り出すことになったの。そもそもの予定は10年後だったか20年後だったか正確には忘れちゃったけど、埋めた場所に体育館を建て直すから、急いで掘らなきゃって話になって。ちょうど10年で区切りも良かったし」
当時の担任だった柏木先生から連絡が来て、集まれる者は校庭に集まった。カプセルには名前が書いてあったから間違えることはないけれど、ほとんどの生徒が何を書いたか忘れてしまっていて、誤って開けられたら恥ずかしいと思ったらしい。来られなくてもちゃんと送るって言ったのに、とクラスのほとんどが集まっているのを見て、柏木先生は笑っていた。
僚平と朝日花も当然集まった。大騒ぎしながら校庭を掘り返し、カプセルを詰め込んだトランクにシャベルの先が行き当たると、グラウンドで練習していたサッカー部が思わず練習を中断するほどの大歓声が上がった。
よくスーパーの隅に置いてある、硬貨を入れたら景品が出てくる機械に使われているカプセルのようなケースが、トランクの中にぎっしり詰まっていた。
カプセルには名前が貼ってあって、自分の名前を見つけると、皆興奮したように手に取った。朝日花のカプセルを見つけた僚平が、はい、と手渡してくれる。朝日花は自分が何を書いたのかすっかり忘れていたので、心臓が早鐘のように鳴るのを抑えられなかった。
僚平は既に自分のカプセルを手にしていた。随分余裕なのね、と内心の動揺を隠しきれずに朝日花が尋ねると、僕の願いはずっと変わってないから、たぶん同じことしか書いてないし書かないよ、と落ち着いた表情で答える。僚平は頭のいい、穏やかな少年だったけれど、大人になってもそんなところは変わっていなかった。
柏木先生が、朝日花と僚平を呼んだ。カプセルを開けてみようと思っていた朝日花は、その声にハッとする。
先生の手にしたカプセルに貼られた名前。やっと忘れそうになっていた痛みが、心をズキンと突き刺す。
ああ、そうだった。柏木先生。
先生が奥さんにプロポーズしたのが尾道だと聞いた私たちは、行ってみたい行ってみたいと先生にせがんだのだ。
冬休みのある日、まるで遠足のような人数で、皆で先生と一緒に尾道に来た。
蒼介は熱を出して留守番で、僚平君も家の用事があって来られなかった。
だから、私は今まで、忘れてしまっていたのかもしれない。
皆で迷子になりながら、千光寺まで登った。
眼前に広がる絶景に、言葉を失って立ち尽くした。
いつか私も、こんな素敵な場所を、こんな素敵な街を、好きな人と一緒に歩きたい。
それは子供だった私の、ささやかな夢になった。
ああ、だから、私は。
どうして忘れていたんだろう。
母校から帰宅すると、朝日花は蒼介の伯父に連絡を取った。
「伯父さんにカプセルを渡すつもりだったの。あなたの身内はもうあの伯父さんしかいないから。
でも伯父さん、渡さなくていいって言うのよ。もしも開けるなら、私たちで開けてみなさいって。僕は次の学会までフランスから帰ってこないし、たまにしか蒼介君に会わなかった自分より、ずっと友達だった朝日花ちゃんや僚平君の方こそ開封する権利があるって、そう言って…」
自分は今、誰に何を話しているのだろう。あまりの現実味のなさに、自分の身体が空気に溶けていってしまいそうな気がする。
蒼介の伯父の言葉を伝えると、じゃあ二人で開けてみようか、蒼介には悪いけど、と僚平から返事が返ってきた。
蒼介の名前が貼られたカプセルを、朝日花は机の引き出しにそっとしまいこんだ。僚平に会う時まで手を触れるまい、そう誓って。
自分のタイムカプセルを、開けたあの日。
着信音とともに携帯に表示された番号。
もう使われていないはずの、蒼介の家の電話番号。
ずっと携帯の電話帳から消せなかったその電話に、朝日花は何も躊躇わずに出た。
幻でも良かった。もう一度会えるなら、何でも良かった。
だって、蒼介は、8年前に、死んだのだから。
→第8回に続く
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※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、地名等とは一切関係ありません。
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