アルタイルの行間⑥
「故郷に戻ったと聞いています。元々彼は映像作家志望で、故郷でちょうどそういった仕事の募集があったそうですよ」
「それも、まさか…」
「いいえ、そこまでは私は関わってませんよ。それは本当の“偶然”です」
「あの女の人、お前が前からファンだったってことは、気付いてないんだよな?」
「少なくとも、私は彼女に一切話してはいませんよ。もし気付かれてしまったら、彼女はお店に来てくれなくなっていたかもしれませんね」
「じゃあ、何でその本送ってくれたんだ?」
冬二郎は驚いて春輔の顔をじっと見つめた。
「忘れちゃったんですか?作家になったらあんたの本読むよ、読ませてくれよ、あんた絶対作家になるから、って繰り返してたじゃないですか、あの時に」
そうだっけ?と真顔で返す春輔に、冬二郎はやれやれとため息をつく。
「春輔のその言葉が、本当に嬉しかったんですって。せめてものお礼だ、って書いてありましたよ」
冬二郎が手渡してきた麦穂の手紙に、春輔は朱夏を撫でながら目を通す。どうやらそれでも、思い出せないようだった。
「ただいま」
買い物袋を左手に提げた貴秋の姿が、店の入口に現れる。右手には花束と夕刊が握られていた。
「貴秋、お帰りなさい」
「何だよ、花束なんか抱えちゃってさ」
「果物屋のお嬢さんがくれたんだ。菜の花を摘みに行ったから、お裾分けだそうだ」
ぶっきらぼうに貴秋が答える。
「さすが浴衣の君。相変わらずおモテになるこって」
「…お前はいい加減にそのネタを忘れろ」
殴りかかろうとする貴秋に気付いた春輔は朱夏を抱き抱えて机の下に隠れる。
「冬二郎、僕は貴様を恨むぞ」
涼しい顔立ちを思いっきり不機嫌に歪めながら、貴秋は夕刊を冬二郎に手渡した。
夕刊の一面には、トップの不正疑惑で揺れるある企業の、絶望的な業績不振のニュースが躍っていた。
この街にある支社も、大幅な人員削減を迫られたらしい。麦穂のかつての勤め先だった。麦穂があのままこの会社で働いていたら、おそらく彼女もリストラの対象になっていただろう。
「もう春が来るんですね」
菜の花を活けた花瓶を、冬二郎はカウンターの隅に置くと、しげしげと眺めた。
「そう言えば、シネマ・アルタイルの建て替え、かなり進んでたぞ」
野菜や果物を袋から出しながら、貴秋が冬二郎に話しかける。
「君のご実家の援助に、オーナーが随分感謝していましたよ」
「うちじゃない、本家の方だ」
「似たようなものでしょ」
お前時々大雑把だよな、と呟く貴秋に、冬二郎は麦穂の本を差し出す。
「オーナーにはどうしても上映したい作品があるらしくてね、その日まではアルタイルを存続させるんだ、って意気込んでましたよ」
タイトルもまだわからないらしいですけど、と冬二郎はひとり微笑む。
貴様が本なんか読むから明日は雪だな、と憎まれ口を叩く貴秋を無視して、春輔はもう一度、あのページを開いた。
「あの人、ホントに星が好きなんだな」
指先がそっと、活字をなぞる。
──君に初めて出会ったとき、真っ暗だった空にいっせいに星が光ったんだ。
僕はこんなに綺麗なものを、こんなに大好きになれるものを、どうして知らなかったんだろう。
「チーズケーキ、また食べに来てくれるかな」
「たぶん、ね」
店の片隅で、黄色い春が星のようにこぼれる。
─終─
(※全6回完結です。最初のお話はこちら→①に戻る)
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★ちょっとだけあとがき★
覚えていてくださる方がいたらとてもありがたい、3人の青年が営む喫茶店の話です。本当は社会派(笑)の物語なのですが、なんか今回もふわふわしたよくわからない話になってしまいました…。ただのお節介(汗)。
あるところである人に「実はブログやnote読んでます」って明かされて、ギャーッ、恥ずかしいいいい、って思ったことが物語のベースです。そこから派生して、気が付いたらこんな話になってました。ってわけわからん(汗)。
バレンタインはとっくに終わってますが(笑)、料理の腕もお金も可愛げもない私は、せめてこんな形でひっそり参加しようかな、とひっそりこっそり書き上げました。あんまりまとまってなくてすみません。
せっかく連載形式なので、そういう風に書いてみたんですけど、たぶんそのつど読んでくださった方はいなかったかな、という感触。完結させないと読んでもらえない傾向があるのかなあ。もし読んでくださった方がいたら本当にありがとうございます(涙)。そんなわけで、もう少しのんびり掲載したかったのですがはてなより優先して更新しました…。noteアクセス無いからね、もうのんびりやってるしのんびりでいいよ(汗)
最後まで読んでいただいた皆様、ありがとうございました。またこの3人がひょっこりこの世に現れた時は、お付き合いいただけたらとっても嬉しいです。
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主にフィギュアスケートの話題を熱く語り続けるブログ「うさぎパイナップル」をはてなブログにて更新しております。2016年9月より1000日間毎日更新しておりましたが、現在は週5、6回ペースで更新中。体験記やイベントレポート、マニアな趣味の話などは基本的にこちらに掲載する予定です。お気軽に遊びに来てくださいね。